岡崎市にMusical Fidelityの輸入元(代理店)がありました。H&Kと言うオーディオ屋なのですが、小さな店の割に大きな商売して大変だったんじゃないかと思います。Musical
Fidelityはイギリスの新興オーディオメーカーなのですが、昔から結構いい音させておりました。特にプリメインアンプのMusical FidelityA1は有名です。(一寸古く1980年代の製品ですが。)カタログが物凄くシンプルで、特性至上主義みたいな日本の製品と違い、カタログに技術的な賛辞が全くなく、H&Kの社長も「感性で売る」って言ってました。
これは40年以上も前の話で、今はH&Kはなく、Musical Fidelityの輸入元も変わってしまったと思います。
しかし、良いものは残ります。三河地方のハードオフにはやたらにMusical Fidelity製品が多いのです。
私もMusical Fidelity製品が大好きで、メインシステムで使用しているパワーアンプはMusical FidelityのA300 Referenceです。(P270-2の兄弟機です。Musical
FidelityではインテグレーテッドアンプのA300と言う機種がありますが、それとは全く異なるものです。)
A300Reference
Musical Fidelityの最大の欠点は日本で修理がきかないことです。壊れたら捨ててしまうことを考えなければなりません。オーディオ販売店が輸入元でしたからこんな事態になったのですが、これは輸入品全般に言えることで、サービスセンターがある方が少数だと思います。
と言う訳で例により自主メンテナンスすることにしました。
不満な点
今はどうか分かりませんが、Musical Fidelityを愛用している人は、よくこう言います。「音は良いんだけどねー。」と。私のA300Referenceも最初のうちはその音質に感動し不満なく使用していたのですが、1か月経ち、2か月経ちすると、だんだん不満が出てきます。それは、
①小さいながらハムが出る。(無音時にスピーカーからブーンと音がする。)
②電源投入時にスピーカーから「ボコ」と音がする。
③利得が高過ぎ、プリのボリュームを一寸上げると爆音になる。
日本製のアンプで、こんなこと絶対にありません。びっくりしたのは①で、深夜、スピーカー端子を外した状態でも「ブーン」と鳴ってました。遂に神経がやられたかと思いましたが、よく聞くと本体自体が鳴ってます。使われている電源トランスがケースなし、ダンプ材なしの巻きっぱなし状態だったのです。それがL、R独立で2個入ってますから音も大きいのです。これは対処のしようがありませんでした。(その頃の日本製のトロイダルトランスは必ず金属ケースに入れられ、ダンプ材に浸かってました。)
普通のオーディオマニアは、このような不満点が発見するると直ぐに買い替えてしまうのですが、これはいけません。買い替えてもこれ以上の音質になるとは限らないからです。同じMusical
Fidelityの上位機種に代えたとしても基本的な設計は同じですから改善されるとは思えません。
改善
製造メーカーの音質を残しつつ欠点を補修する。日本人の真骨頂である「改善」です。しかしながら日本にはサービスセンターがありません。昔はサービスセンターに行って頼めば、回路図程度ならコピーしてもらえたのですが。(もっと昔は取説に回路図が付属していた。)
仕方がないので現物から起こすことにしました。パワーアンプなんて回路は大体似たようなものです。(と思っていた。)ところがこのアンプ、一般的なアンプとはまるで違う回路構成だったのです。
①初段はオペアンプICなのですが、入力ピンがアースに落としてある。(DCバランスの端子から入力している。)
②2段めはベース接地、3段めはコレクタ接地です。
③終段はソース接地です。
特に③については不思議に思いました。世の中に出回っているほぼ100パーセントのパワーアンプの終段は、ドレイン接地(コレクタ接地)です。どの教科書等にも最終段はそうしなさいと書いてあります。(雑誌の自作記事では、エミッタ接地出力もありましたが、極少数です。)
これが高音質の秘密の鍵でしょうか。以前、無線と実験誌で、安井彰先生が、最終段に利得を持たせることにより初段にオペアンプが使用できる(使用し易くなる)と書いておられた記憶がありますが、詳細は分かりません。しかも、現在主流であるコレクタ接地には、音質上の弊害もあると書かれていた気がします。
これがオリジナルの回路図です。基板起こしなので間違っているかも分かりません。
プチ改善ですが、やっちゃいました。(どうせ保証はありません。)
不満点①(ハム)に対する対処
基板からスピーカー端子までの内部配線にキャンセラーループを挿入しました。
その他、RとLのユニット配置を入れ替えオペアンプICと電源トランスの距離をとりました。また、入力のカップリングコンデンサーを形状大きいメタライズドフィルムコンデンサーから小型の積層フィルムコンデンサーにしました。
不満点②(電源投入音)に対する対処
ミューティングリレーを挿入しました。名古屋のジャンク屋(ボントン)で購入したミューティング・プロテクタ基板キットです。リレーはオムロン製に取り換えてあります。(ロングセラーの基板キットです。)
不満点③(利得)に対する対処
NFB抵抗を変更(390Ωから1kΩ)し利得を下げました。(-8dB)ただし、利得を極端に下げると発振の心配がありますし、音質が変わってしまっては元も子もありません。これは綿密に調整しました。①に対する効果も絶大です。
ただし、ここでも妥協が大切です。細かいことに拘り過ぎてはいけません。①に関しては本体から発せられる振動よりもスピーカーから発せられる音の方が低ければOKです。
改善状況
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フロント、天板外し
保守性は割と良い方かな。日本製のFET、電解コンデンサーが使用されております。今ではポピュラーな裸のトロイダルトランスが使用されてます。
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アンプ基板外し
放熱板とケースが一体化しておりますので、まとめて外しました。アマチュアの自作品みたいな構成です。
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アンプ部基板
+側がPチャンネルFET、-側がNチャンネルFETと通常の逆です。電源線の接続には注意が必要です。
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部品交換
説明欄にはありませんがFETを選別し、特性のそろったものに入れ替えました。同じ品種でも製造年が異なるので色が違います。
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入力コンデンサー
入力のカップリングコンデンサーは黄色のでかいものから青の小さいものに変更しました。これだけでかいとトランスからの漏洩磁束のアンテナになります。
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ミューティング・プロテクタ
1枚でステレオなんですが並列に接続し1枚1チャンネルで使用しました。リレーはオムロン製に取り換えてあります。一寸贅沢です。
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ミューティング・プロテクタ
スピーカー端子の横にはミューティング・プロテクタ基板を取り付けました。真ん中の基板は電源投入時の突入電流保護回路で、リレーはオムロン製に取り換えました。
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ハムキャンセラーループ
トランス右のテプラの付いた配線です。基板は初段側をトランスからの距離を確保するため前後を逆に配置しました。
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完成
現在、この状態で使用しております。特に不満もなく、というか、ご機嫌な感じです。マッキントッシュやマークレビンソンなんて要りません。
トランスの漏洩磁束(リケージフラックス)について
パワーアンプの電源トランスからは膨大な漏洩磁束が出ています。イヤホンプラグを20cmくらいの輪っかにした導線でショートさせ、それをトランスに近づけるとイヤホンからブーンと音がします。本機は各チャンネル2つのスピーカー端子がありますが、適当に配線しますと同じLチャンネルでも、端子1と端子2では配線長の違いからハムの大きさが変わります。配線が極力ループ(輪っか)にならないようします。(プラス側とマイナス側の線を近接させる。)
ハムキャンセラーは配線をわざとループにしてトランスに近づけてハムをキャンセル(逆相合成)するものです。うまくキャンセルしないと元の状態よりハムが大きくなってしまいます。(同レベルの逆相で混合するのが大切。)
↓ 改善後の回路図です。1枚にミューティング・プロテクタは入りませんでしたので2枚構成です。
多少の音質の変化はあるかも分かりません。しかし、不満点はなくなりました。
↓ ミューティング・プロテクタはこんな感じです。よく考えられてあります。今度ボントンにあったらまとめて買っておきます。
20年目のメンテナンス
ミューティングリレーの交換
上記の改修が2003年でした。現在は2024年、20年間何の不具合もなく動作しておりましたが、12月になって突然、ガサガサ言うようになりました。特に小音量の時に顕著で、ボリウムを上げると直ってしまいます。この現象は、俗に言う接触不良です。
一般的なパワーアンプは、パワーアンプが壊れた時、スピーカーを保護するためにリレー接点を介します。(Musical Fidelityの元々の設計では、そんな保護回路は付いてないのですが、自分が心配で後付けしたミューティング回路が劣化し不良となった訳です。←自業自得です。このミューティングリレーはあらゆるパワーアンプの必要悪なのです。これを省略した元の設計者に敬意を表します。←電源投入時のボコ音を我慢できれば、無い方が良い。)

↑ オムロンの直販で購入しました。窒素封入の密閉型リレーです。本当は信号用のツイン接点が良いのですが、パワーアンプの出力用として使用するので電力用を使ってます。音楽信号程度なら信号用リレーを使った方が良いのかも知れません。悩ましいところです。
このリレーですが、一般的なLY4型よりも長寿命です。日立のHMA-9500ではLY4型の4つある接点を全てパラ接続していましたが、それでも10年経たない内に交換が必要となりました。
↑ 基板を背面パネルから外してリレーを交換します。しかし、この基板よくできてます。名古屋のボントンで1000円位で販売されていたものです。現在はディスコンとなっている様ですが、復活を願ってます。(私用ならコピーしても怒られないから作ればいいか。)

↑ 本当は1枚でステレオ用なのですが、片チャンネルを1枚で使用してます。(一寸贅沢です。)
しかし、このアンプ丁度いい隙間があり基板がピッタリ収まります。(やっぱ電源投入時の「ボコ」は無くしたいです。)
ブロック電解コンデンサの交換
ところで、ここまできてふと思いました。内蔵された8個のブロック電解コンデンサ(63V22000μF)は製造以来交換してません。既に30年は軽く経過しています。これは取り換えるべきではないでしょうか。
しかし、通常のメンテナンスでは、この様なブロック電解コンデンサは交換しません。その理由は、
①値段が高すぎる。
定価で購入すると5000~7000円はします。これが8個ですから全部で5万円位は必要になります。
②劣化が分からない。
通常のLCRメータでは22000μF(0.022F)の大容量は測定できません。したがって容量抜けやDCRがどの程度劣化しているのか分かりません。
③大型コンデンサは劣化しない。(と思いたい。)
一般論ですと大型コンデンサは小型コンデンサと比較し、劣化が緩やかです。①、②のこともあって「まだまだ大丈夫」と言う正常性バイアスが働いてしまいます。(この電解コンデンサ、アンプの中で一番働いている部品なんですけどね。)
安くて良いものが何処かに無いのでしょうか。
↑ 見つけました。破格の1000円です。それもアリエクとかアマゾンとかでなく共立電子さんです。200セット限りの大放出らしいです。一応、失礼ながら本物かどうかそれとなく質問してみました。(ニチコン製のLNR1J223MSEに間違いないとのことでした。共立電子さんがまがい物売ってる訳がないのですが。)
納入後、確認のため重量を測ってみました。8個とも1グラム以下のバラツキでした。(共立電子さん疑ってすみませんでした。)在庫もまだある様なのでもう少し購入させてください。
ちなみに、外したコンデンサは10グラム以上の重量の差がありました。同一環境なのですがダイオードに近いものの方が劣化が早いと思います。(外した後、どの位置の個体か分からなくなったけど。)

↑ 外したコンデンサです。電解コンデンサは使っている内に電解液が抜けてくると聞いてはおりましたが、使用する回路位置によってこれほど差が出るとは思いませんでした。使用されていたコンデンサはエルナーのCE-W85℃と言う直径40mmの一般的なものです。
↑ 直径が35mmと既設のものより5mm細いのですが高さが130mm程ありますので、さほど貧弱になった感はありません。また、外皮が黒色から青色になりましたのでスプラグみたいでかっこいいと思います。
おまけに、端子が半田付けからネジに変わりましたので、今後の交換作業も楽々です。(死ぬまで使う予定で今交換したんですけどね。)
その音質は
当然接触不良は無くなりました。ブロック電解コンデンサの音はどうでしょうか。無線と実験等の雑誌ではオーディオ用電解コンデンサでない電解コンデンサはクズみたいな書き方をしておりますが、決してそんなことはありません。
本当なら105℃5000時間の製品(日本ケミコンのKMHみたいに長寿命なやつ)を使いたいぐらいです。騙されないようにしましょう。
部品交換から約2か月を経過した現在、「この頃何か音の立ち上がりがいいな。」と言う感触がありました。特にデジタルの場合はそれが顕著です。バババって言う音がバババって出ます。何でだろうと思い「あっ、そうだ、この前部品交換したんだ。」と思い出しました。徐々に劣化する場合はその劣化の度合いに全く気付きません。機械にとっては、たまにかまってやるのが良いと思います。
A級詐欺問題
Musical FidelityのA300を含め兄弟機のP270-2もA級バイアスと言われておりますが、そんなことはありません。カタログにも「音楽信号の90パーセントをA級で動作させた。」みたいに書いてあるだけです。定格出力電力までA級で動作するとは何処にも書いてません。実際のバイアス電流を測定しますとA級範囲は5W程度です。もしも、100WまでA級にしようとした場合、無信号時の消費電力が余裕で500Wを越えてしまい、直ぐに熱で壊れてしまいます。
世の中には昔のMusical Fidelity製品、特にA1を定格出力までA級動作と思っている人が沢山いる様ですが、アンプを自作した経験のある人なら、パッと見で「んな訳ないじゃん。」と分かります。
当時、音楽信号の90パーセントは5W以下だったのです。(ピークが100Wだった場合かな、誰が測定したかは知らんけど。)今の音楽ソフトはコンプレッサーがバンバンかけられているので、平均レベルが上がっておりますので、この売り文句は使えません。ただし、5WでA級のバイアス電流でも、終段FETには100W出力が出せる電圧が加えられておりますので、放熱板はかなり熱くなります。ちなみに、世の中一般の100W級のパワーアンプのA級出力範囲は1W以下です。(A級アンプを使用するなら小出力アンプの方が絶対に有利です。日本製の真面目なA級アンプに50W程度のものがありますが、夏は大変じゃないでしょうか。)
雑 感
人間と同じで機械も必ず何らかの欠点があります。欠点のない人間なんて面白くも何ともありません。欠点があるからと言って捨ててはいけません。短所と長所は表と裏です。ところで、この時代のMusical
Fidelityのパワーアンプは日立のパワーMOSFET(2SJ50、2SK135又は2Sj162、2SK1058)を5パラで使用したものが多くラインナップされてました。どれも素晴らしい音を聴かせてくれました。