ホームページ タイトル

流行歌 ―― Diary by nami ――

U

  ==U==

 

●イングランドの片田舎で平穏な生活を送っていた高い技術力を持つ石膏職人の集団は9人のフランス人騎士と出会う。キリストに対して誰よりも忠誠心の強い人たちだった。その騎士たちからの影響を受けた職人たちは整地エルサレムへの巡礼者の保護を目的とする聖修道会に参加するために“テンプル騎士団“を結成した。

当初、彼らも、ほかの騎士団同様、十字軍国家(キリスト教勢力、クルセイダーズ)傘下に配属され、「キリストとソロモン神殿の貧しき戦友たち」と呼ばれた。

しかし、

ユダヤ人は保険の原型をつくり、テンプル騎士団は銀行の原型をつくった。キリストに忠誠を尽くすだけの貧しい騎士団がほとんどだったが、テンプル騎士団の母体には高い石工技術と、そこから生まれる資産があった。彼らは旅立つ巡礼者から資産を預かりエルサレムに到着した時点で返却するシステムを考案した。本来の目的は「盗賊から巡礼者の資産を守るため」だったが、そのシステムは巨額の富を生み出し、テンプル騎士団は「もっとも裕福な聖修道会」に押しあげた。

それは間違いなく、巡礼者たちの保護、安全だけが目的だった。

 

G  〜三か月前、すべての始まり〜

 

三ヶ月前の月例会。

「スタディーがキャリアの案件を無視してゼロの会の説明会にかえた」、「スタディーおかしい」

収集がつかなくなり月例顔は中断された。スタディーの異変は、このオレでさえまったくの、「寝耳に水の出来事」、だった。テラさえ知らされていなかった。

月例会を解散させた後スタディーは姿を消した。もちろんオレは奴のルームへも行ってみたが無駄足だった。そして、しばらくしてそのルームも引き払われた。

それ以来連絡も取れない状態。

しばらくしてA・N研究所にサークルの脱退届けが送りつけられた。オレあてにではなくアンに届いた。もちろんオレへのメッセージなどあるはずがなかった。

 

オレは次の月例会の後も、この場所で同じようにコーヒーを飲んでいた。垂れ下がったポトスの葉をかき分けてスタディーが顔をだす、ことを期待しているわけではない。ただの習慣。

ポトスの葉の間から顔を出したのはテラだった。面と向かって会うのは一ヶ月ぶり。実はオレが、「テラの顔を見るのがつらい」で、さけていた。

やはりテラの声は悲壮感を持ってひびいてきた。「ナミ・・・」、ずいぶんやせている。

「あいかわらずパスポートはカットしたまま。可能性があるゼロの会は、知らない、と答えるだけ。ISOSに聞いても居場所は教えてくれない。フォレストヒルズ全部を探したよ!」

 いっきに言った。ISOSが個人のプライバシーを公開するはずがない。分かっているはずなのに、だ。

それでもサークル内では、「スタディーは裏切り者」。他に相談する相手もいなかったのだろう。

「すまんテラ。君の話を聞いてやらなきゃいけない、とは思ってたんだが、俺にも余裕がなくて」

 オレは、目の前にエァークッションをセットしたテラに頭を下げた。情けないが本心。

正面から見据えた視線が責めている。「そんなことより、スタディーをつれてきて!」 テラの甲高い声が高い天井まで響いた。

「すまない。俺にもやつがどこにいるかわからない。あの時の話からして、おそらくゼロの会とリンクしたのは間違いないだろうと、思う。だとすると、N地区Aゾーン・スノー・・・?」

「どうして? ゼロの会の本部があるから?」

「勘でしかないんだが、ゼロの会の講習でも受けているような・・・」

 もちろん、その時のオレに確信があったわけではない。ゼロの会の体質から考えると、事前の講習が必要では、と考えただけだ。「新入りのパスポートカットがゼロの会のルールだとしたら・・・。 あの統制のとれたゲストたちの対応はかなりきびしいセミナーで教育されたもの、と思えるんだ」

「いくら探しても見つからないのはそういうわけか。だけど可能性があるなら、なぜ行ってみないのよ! ナミって、冷たいよ」

さらに早口になっていた。そして、

それだけでテラの体はバネ人形のようにソファーから飛びあがった。

そして、その日のうちにN地区Aゾーン・スノーへと飛んだ。

数日後には、「・・・まるで挑発でもするように」、突然二人のパスポートがスノー地区で点滅した。もちろん、オンにした者も目的もわかるはずがない。ただ、まったく動かない。もちろんオレのテレックスに出ることはなかった。

「無視されたまま」、に変わりはない。

「もしかしたらスタディー以外の者がオレへのメッセージとしてオンにした?」

 それが善意か悪意かはわからない

 

しばらくして、テラのパスポートはスタディーと共にフォレストヒルズに帰ってきた。日数的にはほとんどセミナーを受けていない。「テラのやつはAN研究所への脱退届けさえ出してない」

おそらくテラは、スタディーの思いに逆らってまで一緒にいることを望んだのだろう。それで不幸を生むことがわかっていても、だ。

 それが、ゴットとニューがオレのルームでトラブルをおこす二日前。オレのストレスがピークだったころ。

 

 ・9 〜ルーキー〜

 

 今日もオレは同じ場所でコーヒーを飲んでいる。もちろん、スタディーやテラが垂れ下がった、大きなポトスの葉の間から顔を出さないのはわかっている。

――ここも、やわらかい空気を感じられない空間、になったか・・・。

今回の月例会は久しぶりにうまくいった。スタディーやテラが抜けた後の研究の進み具合も落ち着いてきたし、ISOSや営利団体との折衝も、「何とか機能しているのは新入りのルーキーの働きが大きい」

アンが、「スタディーの代わりとして急きょタレントにした」、と、連れてきた若者だが、キャリア実務の面では、「まったく役にたたない!」、ことがわかった。だから最初は、「プリンス」、などと名乗っていたものをオレたちが、「ルーキー」に変えさえた。

しかし、外部との折衝という点では十分にスタディーの代役をこなしている。どうやらアンの思惑どうりだったようで、最近では、オレの負担も格段に軽減された。実務でも精神面でも。

 そうでなくともアイに出会ってからのオレの集中力は「自分でも驚くほど高い」

その上、月例会の終盤に、アンが、「データのまとめは俺がやるよ。ナミは忙しくて大変だから」と、言いだした。こんなことは長いキャリア活動で初めて。

――なんとなく流れが不自然。というより、整いすぎている? そんな感じ。

スタディーがゼロの会にいったころから? あるいはアイと出会ったころから? 落ち着かない気分のまま、にがいコーヒーが胃へと流れこんでいく。

なんにしても「この緑の空間にいてもろくなことがなかった」、わけだが、今月も・・・。

「ナミ! テラが死んだ!

 ポトスの葉をかき分けて飛び込んできたのはルーキーだった。この若者とテラがA・N研究所のキャリアで重なっていた時期は数日しかない。顔を合わせたのも一度か二度しかないはずだ。そのルーキーの口からテラのネームが出たことが驚き。

「・・・なに?」

「だから、テラが死んだんだよ! 自殺したんだ」

「テラが? 本当なのか?・・・しかし、どうしてお前が?」

思わずルーキーをにらみつけた。つくずく最近のオレは他人を好意的に見られなくなっている。

「しっかりしてくれよ。ナミ。俺、テラやスタディーに関する情報にはかならず目を通しているんだよ。二人ともここでゲストとしてリンクしていたサークルを全部キャンセルしてるから情報は限られるけどね。ゼロの会は内部情報をほとんど流さないしさ。ISOSのデータバンクに入る情報くらいしかわからなかったけど。死亡届が出されたんだよ。死因は自殺。ゼロの会のほうを調べたらテラに関する情報はすべて抹消されてた」

 それは悲鳴に近い。オレのほうは、甲高い声で発せられるいくつかの単語が頭の中で共鳴を繰り返してして整理がつかない。

かろうじて言った。「・・・いつのことだ?」

「今日だよ。定例会が終わったとき見たらホームコンピーターからパスポートに連絡が入ってた」

「・・・セットしておいてくれたんだ」

「もちろんだよ。仲間じゃないか。ナミは気がついていないかも知れないけどサークルのみんなも心配してるんだぜ。最初はみんな混乱してたらしいけどサ。なんたってスタディーはN・A研究所創立からのメンバーじゃないか」

 ルーキーはアイと同じ色の目をしている。ブルーの瞳が少し細くなった。

――まったく情けない話だ。

このルーキーでさえ情報を集めてくれている。サークルの仲間たちは無視していたのではなくオレに気を使って話題にしないようにしていた。

オレのしたことは、アイボーでさえ白い目で見るようなスキャンダルをでっちあげただけ。

――テラの死が、予想外ではなかった、はずなのに・・・、だ。

「・・・それで、スタディーは?」

「スタディーは、ゼロの会の中にいるうちは動きをつかめないよ。完全にガードしているからね。ル・デァーAは立ち上げたばかりで情報不足、って言い分もあるし」

「そうか。・・・そうだよな」

なにを言っているのだ。オレは。そんなことは最初からわかっていたはずだ。

「うん!」

ルーキーは大きく息をした後、「まだみんなに知らせてないんだ」あわただしく立ち上がった。

オレは、「俺も行く。みんなに謝りたいし」ゆっくりと立ち上がった。                                     

ルーキーが帰り支度をしている全員を集めてくれ、オレはその横で頭を下げた。「俺は、まだスタディーの真意がわからない」

はじめて本音で言った。「みんなにはまた迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む」

「テラがいちばんの犠牲者だよ。彼女には昔から、そんな感じはあったが」

「スタディーの真意を知りたいのは全員同じだよ。何かの事情があるとしか思えないよ」

「キャリアの面ではあまり頼りにはならない俺たちだけど、仲間だろ。ひとりだけで思いつめるなよ」

 こちらから言い出してみれば、オレと同じことを考えている。安心より先にため息になった。

 アンは、「これは俺にも責任があるんだけど、みんなA・N研究所はナミを中心に回ってることを知ってるんだね。それがスタディーにはプレッシャーだったのかもしれない。本当は俺たちにも彼へのサポートが必要だったのかもしれないネ」と、オレのとなりで頭を下げてくれた。 

――俺は、本当にバカだ。

すぐに、「だからそんなに思いつめた顔をするなって。そんな顔はナミにはにあわないぜ」、ひとりが言ってくれ、「確かに。ナミはとぼけた顔がにあってるな」と、みんなが笑った。

タイミングをあわせたように、「たまにはみんなで飯でも食うか。テラの思い出話でもしてやろうじゃないか。昔は葬式って儀式があったと聞いたことがあるよ」

アンが言い出し、全員で近くのレストランへ移動するかとになった。

アンは不思議な男だ。詳しく聞いたことはないが百歳は越してるはずだ。初めて会った時から、白い髭を生やしていて、その印象は今も変わらない。押しつけがましい態度はとらないが、「すべてを見ぬいている感じ」がある。ドクター0“と正反対の雰囲気なのだが二人は古くからの友人。キャリアの面でも、「アンは、おそらく自分でやった方が早い研究でもメンバーに振り分ける。それぞれの能力に合わせて」。だから、研究の進展は遅いかわりにメンバーのまとまりはいい。

 

テラの思い出話がひと段落ついたところでアンは、「いろいろあったけど、キャリアも上手い具合に進んだでしょ。ルーキーをナミのサポートにつけたのもよかったでしょ」と笑った。確かに、スタディーとテラが抜けた穴もクリアできている。

オレは、「この際だから言うんだけど、うまくできすぎてる。知らないのは、俺だけ、って感じさえある。アンは、まだ何か知ってるんじゃないか?」と、言ってみた。勘でしかないが。

「それはナミの考えすぎだよ。ただ、今は、いろいろな意味でナミを中心に回っているには確かだからね、自覚して行動したほうがいいかもしれない。少なくとも俺に他意はないから」

いろいろな意味で? たしかにアンから悪意は伝わってこない。しかし・・・。気になるのは、オレを中心に? 

「・・・じゃ、プレゼンまでのまとめを、アンがする、というのは何か意味があるんですかね?」

「だから別に深い意味はないですよ。ナミにも少し時間的な余裕が必要かと思ってね」

 あいかわらずゆっくりと言った。今までに一度も、そんなことを言われたことはない。

――0“が壁ならアンは風のようなものだな。その二人が古くからの友人・・・

 アンは、「それがナミのため」と、言い、「スタディーがいなくなったんだからネ」と付け足した。死んだテラには申し訳ないが、重苦しい気分のわりには、意義のある時間、を感じている。

 

解散になって店を出たとき、オレは、「少し歩いてから帰るよ」と、レストランの前でメンバーと別れた。感謝を伝えるのは得意ではないオレだが「今日はアリガトな」と言ってルーキーの肩を叩いた。

「死んだ人のことで思いつめるなよ!

メンバーの声を背中で聞きながら、少しブラブラしてから車を呼べばいい、と、歩き出した。妙にすっきりとした気分になっている。

 

 ・10  〜動き出した時間〜

 

「人の死に頓着しない時代」と、言われている。または、「生きている者の時代」。いつごろから、この体制が出来たのかわからないが、少なくとも人の死に対して淡白なのは確かのようだ。オレにしても、テラの死よりも自分の不甲斐なさを後悔する気持ちのほうが大きい。

――考えてみれば、これは異状なことだよな。

「狂気を内蔵する人という生物がたどりついた理想的なシステム」とは他人との関わりを極力削除したシステム。

リンクを義務ずけられているサークル制度にしても、関わる、ではなく、監視する、システム。基本的に、人を信用しない、ことで成り立っている。狂気を暴力という形で表現したい者はバトルエリアへ行けばいい。もちろん罪にはならないし、中継されて視聴者を熱狂させている。視聴者はスポンサーとして懸賞金をカウントされる。

結果としてバトルエリア以外で殺人はもちろん暴力沙汰が起きたという話さえ聞いたことがない。

 ゆっくりと歩いている。オレの小さな足音だけが暗闇の中でリズミカルに響く。

「明るすぎる夜は精神的環境にはよくない」、というポリシーで創られているフォレストヒルズの夜は他のシティーに比べるとかなり暗い。もちろん安全という前提の下で成り立っているのだが。

 月明かりと最小限の街路灯が大きな街路樹のシルエットに隠れている。オレは、この環境をきらいではない。

「・・・テラの位牌を弔いたい、と言って押しかけてもル・デァーUは取り合わないだろうな」と、つぶやいていた。とにかく今はスタディーに会わないことには前進はない。だからといって、前のようなバカな行動はますます落ち込むだけだ。

「どうする・・・」

少なくともル・デァーUくらいには入り込まなければ、「・・・スタディーはどう出る?」

 

 ・11  〜現れた少女〜

 

オレの何気ないつぶやきが闇にひびいた時、数メートル先に人影が見えた。正面からこちらに向かってまっすぐに歩いてくる。女。もちろんシティーの中でのトラブルは考えにくいが、この女の発する異様な雰囲気を感じない者はいないだろう。

 数メートル先で女はとまった。もしかしたら、まだスクールを出ていないのでは? と思えるほど若い。あるいは幼い。町中で、こんな若い者を見ること自体が異様。

さらにおどろいたことに、「ナミだね・・・」その女はオレを知っていた。

そして言葉が終わらないうちに黒いワイヤーがオレに向かってまっすぐに伸びてきた。少女のモーションは腕をこちらに向けて上げただけ。

オレは、わずかに体をひねる。体がかってに反応した感じ。

ワイヤーの先の小さな黒い塊がオレの顔のすぐ横をかすめていった。そして、すぐにターンしてもう一度オレの頭のあたりに向かってきた。EEG・コントロール。

脳波で紐の先のセンサーをコントロールするおもちゃを強力にしたものだろう。子供のころオレが得意だった遊び。

大きな木の裏に転がり込んでいた。小枝が小さくはねる。不思議なほど冷静。

・・・もしかしたらゼロの会が?

黒い塊は追いかけてきたが、その軌道をつかむことはできた。正確にはカンのようなものなのだが、だいたい予測した動きをする。タイミングをあわせて木を一周してワイヤーの中間をつかむと先端の黒い塊はオレの顔の前で止まった。それでも動こうとして空中で小刻みに揺れている。

先端の黒い塊で相手に打撃を与えるか首にからみつくだけの単純な武器。といっても普通なら目で追えないほどのスピードがあるし、もしかしたら先端で電撃があるのかもしれないが。

「なんだよ!」

 少女を見た。最初の驚きはほんの数秒の間に、自分自身に対する驚きに変わっている。

――どうしてオレはこんなふうに動けるんだ。どうして冷静でいられるんだ。

過去にバトルエリアへ行った経験はない。だから他人と争ったことなどないオレが・・・。

少女はあいかわらず攻撃的な目をしている、しかしオレの動きに狼狽しているようだ。

「理由を言えよ」

言いながら、マニァルにある"非常事態の行動"どおりパスポートをオンにしてアイボーと連絡状態にした。もっとも、この状態なら、助け、の必要はなさそうだが。

 黒い塊が地面に落ちると同時に別の塊が飛んできた。どうやら、ふたつを同時にコントロールすることはできないらしい。さらに木を一周する。しかし、ふたつ目はオレを追いかけてこなかった。

 

 ・12 〜ポリスの男〜

 

一直線に帰っていくワイヤーの先にいる少女を見ると、その目はオレを見てはいなかった。その視線の先をたどるとと、木のかげから大きな体の男がゆっくりと出てくるところだった。

そして、「やめとけよ。お前じゃ、その男に勝てないぜ」低い声が響いてきた。

 道の真ん中にいる少女の顔がオレと男の間をせわしげに往復する。

「せめて理由くらいは教えてくれないかな。少なくとも女に恨まれる覚えはないぜ」

この態勢が少女にとって不利なのはオレでもわかる。少女の体がゆっくりと後方に移動する。三人の位置がほぼ正三角形になった時、「チェ!」と言う声が響いてきた。

少女の顔から、おびえ、が感じられた。それは あきらかにオレの知らない世界で生きている者だけが醸し出す感情。

オレの正面にいる男が少女に向かって、「どうやら、お前の方が犠牲者で終わりそうだな」と言った。お前が犠牲者? 何の話だ。この男も少女と同じ種類の者?

少女とオレの目が合った時、少女のうしろに車がすべりこんでくるのが見えた。車内に影がある。おそらく、こちらも女。すぐにドアが開き少女の体が倒れこんでいく。

ドアがとじる時オレを見た目からは、後悔? が感じられた。

 

  13  〜その男、グランド〜

 

「お前、本当に変わったやつだな」

 男がオレのすぐ横に来た時、車はカーブに消え、オレと男の視線の先は暗闇に変っていた。

オレは、「事情を知ってるみたいだな。・・・それに、あの子の方が犠牲者、ってどういう意味だ?」いっきに言った。

男は、「お前って、やっぱり変わった男だよ。こんな時、普通の者はわめきちらすぞ。被害者なんだから」、少しあきれた様子で言った。

「自分でもおどろいてるよ。・・でも、そんなことはどうでもいい。聞いたことに答えてくれないか」

「それだけ冷静なんだから自分で考えろよ」

 男の低い声が暗闇に響いた。最近よく耳にする言い回しだが、こんなタイプの男に言われると妙に腹がたつ。

「突然襲われたんだ。何を考えろって言うんだよ」

「お前は幼く見える外見だけで相手を判断するような奴だからな」

男は背中を向けた。背中が、相手にならない、とでも言っているように思えた。「これだけは教えてやろうか。俺があの女に犠牲者って言ったのは、町中だからレイザー系の武器が使えなかったことだよ。光はそこらじゅうの受信機が感知するからな。バトルスーツも使えん。映像で感知できるプログラムになってるからな。使っていたら今頃あの車の周りはポリスでいっぱいになってるよ」、筋肉の塊にような背中が一気に言った。

「そうか。・・・じゃ、質問を変えよう。あんたは少女がおそってくる前からそこにいたのか?」

「アア」

「未然に襲撃を防ぐかとはできたわけだ。大声でも出せばおそって来なかったはずだ。俺は何とか防げたからいいようなものだが」

「お前は鮮やかに切り抜けただろ。おそらく、自分でも信じられないほど鮮やかに」

 オレは背中にむかって、「ネームくらいは教えてもらえると助かるんだけどね」と怒鳴っていた。もちろん残像を照合すれば男の身元はわかる。問題は男が名のるかどうかだ。

「ポリスだよ。お前、自分がリンクしてる先のタレントの顔くらいは覚えておけよ!

 背中は、少しいらだった様子で答えた。「やっぱり、お前は変わってるよ!」

振り返って何か言うかと思ったが、そこまではしなかった。それにしてもわかりやすい男であることはわかる。少なくともオレにとって敵ではない。

「どうして見逃した?」

「フン。様子見だ」あっけなく言った。

オレは、「彼女たちはゼロの会からの・・・」と、言いかけたがやめにした。まともな答えが返ってくるとは思えない。

とりあえず、「ありがとう」とセリフを変えた。オレも、ここで悪態をつくほどガキでもない。ゲストとしてリンクしている先のタレントの顔を知らない、と言われた弱みもある。アンに、「すこし世間を勉強して・・・」と言われたばかりだ。

それに、おそらくこの男はドクター0“と同じタイプ。人ではないがアイボーも同じタイプ。オレはこの種類の人を嫌いではない。

それにしても、マスコミを使ったゼロの会への攻撃で反感が生まれたことは予想していた。しかし、まさか街中でおそってくるとは・・・。

この時のオレは「少女たちはゼロの会から仕向けられた者」としか考えなかった。本来ならバトルエリアにいるべき人がオレの目の前にきた、としか。ほかに心当たりはない。

 

「女は、この地球に存在しない人です」

 ルームに帰って最初に聞いた言葉が、これ、だった。アイボーは彼女たちを少女とは表現しなかった。状況は把握している。「またかよ!」、オレがアイボーの顔を見ると、「女たちの方はパスポートをカットしてたんじゃなくて持っていなかったのかもしれません。でも男のほうは存在します。間違いなくポリスです。登録名はグランドですね」、と、偉そうに言うから、

「ここは地球だぜ。わかって普通なんだよ」と、言ってやった。やはり疲れている。オレだって、少しは考えている、と言うかわりに、「もしかしたら、0”ともリンクしてないか?」、根拠はないがドクター0”がからんでいるような気がする。

「ハイ。ドクター0”とリンクしています。それにしても彼女たちは何者なんでしょうね。可能性としては、ゼロの会からの、があるんですが・・・」

 やはりアイボーもゼロの会から、としか考えられない。データ不足。

「あの子たちしたことは犯罪だからな、あのホワイト・シーンがからんでいるとは思えないんだが。サラも」

やはりデータ不足。アイボーは、「何にしても、十分に気をつけてくださいよ」とだけ言った。

オレの方も、「アア」。すっきりしないまま答えた。

あの少女たちにしても敵と思い切れないところがオレの甘いところだ。

そして、「・・・それにしてもテラはかわいそうでした」、アイボーはゆっくりと次の報告に移った。「彼女に関する情報は、入りしだい報告しますが、おそらくナミが考えている事情で当たっているかと・・・」、言葉を選んでいる。

「アア」、同じ返事になった、今日は長い一日だった。予定では、「ただの月例会」だったはずだ。「あとは明日の朝聞くよ。さすがに疲れた」、ため息混じりになった。

アンとポリスのグランドのよく似たニュアンスの言葉がとげになって引っかかっている。「それにしても、俺はそれほど世間知らずか? スタディーがいるころは思ってもいなかったが」あの時、アイも同じようなこと言った。

 アイボーは答えなかった。当然だ。オレの思考にリンクされているコンピュータの回路の中に答がある訳がない。

つまりオレの生活そのものが、それが普通、で回っていたことになる。五十年も。

 

 朝、メイドではなくアイボーがコーヒーを持ってきた。カップをテーブルに置きながら、「ドクター0”にテレックスをいれましょうか? それとも先にグランドに事情を聞きますか?」、と聞いてきた。

オレは、「グランドと0”の意思が通じていることは間違いないだろうな。0”からの依頼で グランドはあそこで待機していたんだろ。もしかしたら、アンも。だから俺をキャリアから抜いたんだ。と、いうことはオレにデータがなければ適当にあしらわれるだけだよ。悪意とは言わないが,俺を試しているような感じだ。それで考えたんだが、やはりポイントはスタディーだよ。やつがゼロの会へいく気になった理由を知りたいんだ。ダイアリーがISOSに流れている、ってうわさがあるんだが、どうだ?」

 一気に言った。

 アイボーは答えない。当然だ。オンラインのホームコンピュータがISOSに関するデータを口にするわけがない。しかし否定もしなかった。

「スタディーのダイアリィーを見たいんだ。テラのでもいい」

「そうですね。ナミも暴漢におそわれたりしてやっと本気になった感じです。今までは適当にごまかしてる、って感じだったけど。やはり最初の疑問から整理していかないと。・・・だけど」

「わかってる。今までだってごまかしてたわけじゃない。手がかりがなかっただけだ。今度だって確証があるわけじゃない。ほかに打つ手がないから、ってだけさ。ISOSにさぐりを入れてみる。カラー、ドに、至急会いたい、とアポをいれてくれるか」

「そうですね。なにもしないよりはいいですから。スケジュールを聞いてみます」 

 アイボーは静かになった。オレはコーヒーを口に運びながら外を見た。今日もいい天気だ。カラー、ドはISOSのエージャントでオレが親しくしている数少ない男。

「明日の午後にでも時間をあけるそうで、昼飯でも食いながらでどうだ、ということですが?」、

オレがコーヒーを一口飲んだところでアイボーの声が響いた。

「それでたのむ」

「OKです」

 アイボーの声がゆっくりと響いた。こんな態度をとるときは機嫌のいいとき。そして、「それにしてもナミの能力は上がってますね。やはり緊張感のある生活をしているせいでしょうか。本当にカリスマ値を測定してみてはどうです?」と、きた。

「うぬぼれるのは、もういい。それに俺はナミを変える気はないからな。普通でいいんだ」

「そうですよね」

アイボーはあっさりと引き下がった。そして、「でも、気をつけてくださいよね。現時点では、どこまでの人が関わっているかわかりませんから」と、続けた。

 わかっている。かなり前から作られたシナリオを感じている。本心では、単にゼロの会がオレをうらんで、などという単純な構図ではない、と。

その中で、なにが気にいらないかというと、自分が知らないうちに組みこまれている、ことだ。

オレは、「マァーいい。データが揃わないうちから騒いでみてもしょうがない。まだまだ、何かが起きるさ。・・・お前も楽しみだろ?」、典型的なロボットタイプをした顔をのぞきこんだ。

 アイボーは無視して、「テラが死んで・・・」。細い声で言った。データを整理している最中。こんなときはランダムで質問がとんでくる。「月例会は問題なくすんで、あとはプレゼンをするだけ。ナミはかかわらなくてもいい、とアンに言われてるから・・・」

 オレはいつものように、「アア」と答えるだけ。

「パスポートを通しての画像でははっきりしなかったですね。ガードされてたかもしれません。アイの時みたいに。でも、たしかに悲壮感のある目をしてます」

女たちの画像だ。「何者なんでしょうかね。・・・でも、ナミは悲しそうな女に弱いから、その点でも心配になります」、ボソっと言った。

――まったく、そのトゲのある性格はだれに似たんだ。

オレは、「バカヤロウ。かわいい顔をしてても暗殺者だから気は強いんだろ。気が強い女はスタディーの専門だろ」、苦笑いするしかない。

 

14 〜”M・M”〜

 

 短いストレッチ・メニューだけで汗ばんだ顔をふきながら、ゆっくりと立ち上がった。「もう少しやるか」、という気分は、過去のオレにはなかった感覚。

――これも悪いものじゃないな。

 昔から、ジムに行こうとするタイミングにスタディーが現れて、「同じスポーツならブライダルのほうがいい」。と連れ出された記憶ばかりが多い。

 時間を決めてジムに通ってみると何人かの顔見知ができた。実は、同じ建物の中に住んでいながら知らない人が多いのにおどろいている。

「ナミ,きのうは大立ち回りだったらしいね」

空いているトレーニングマシンを探しているオレにM・Mは笑いながら声をかけてきた。オレよりも少し年上だと聞いているが、嫌みのない笑い顔から歳よりもずっと若く見える。「本当かよ、と思ったね。俺の知ってるナミからは想像できない。最近はまめにジムに来てるから、その成果かな?」。

無造作にタンクトップのすそをつまんで顔の汗をぬぐっている。白く張りのある肌には傷ひとつない。タトーも見当たらない。

「そうだとすると、俺が生きていられるのは、このジムのおかげってわけだ」

改めて言われると、どうにも照れくさい。おそらく一日で、このアパートの住民どころかフォレストヒルズの半分くらいの者に、「ナミの武勇伝」が知れわたっている。話題の中心なんてのは、オレのガラではない。

「ニースで流れたほど大げさな事件じゃないのさ。たまたまポリスが近くにいて救われたようなものでね」

 オレは大げさに手を振りながら答えた。もっとも、前の“ゼロの会パッシングの当事者”として周りからやり玉にあげられるよりは数段いいが。

「無事だから言えるんだけど、いい経験ができてよかったんじゃないか。だれにでもできる経験じゃないから」

 MMは、うらやましそうな顔、に見えた。冒険には憧れるがバトルエリアに行くほど無謀でもない平均的な現代人。「犯人はまだ捕まってないんだろ。でも、ナミは他人からうらみを買うような人じゃないから、通り魔、なんだろ? 今の時代、人生一度の経験と言えるじゃないか」

 オレはニュースを見ていないが、パスポートを持たない者の犯行、とは報道されていないようだ。報道されれば大問題になる。ISOSから圧力がかかった? もっともオレとしては、話のタネくらいが、ありがたい。

「アア、そう願いたいね」

「もっとも安心はできないか。フォレストヒルズでは初めてだけど、ほかエリアでは同じような事件がおきてるらしいから。それも続けて。やっぱり、地球全体に落ち着きがなくなってるのかね。遺伝子部門をめぐる生物と宗教の覇権争いも、騒々しくしてるしね。ISOSもしっかりしてくれないと。こまったもんだ」

MMは、サラッ、と言った。オレと同じスタンス。選挙も、どちらかといえば生物部門よりは、程度。キャリア的にも利害関係のない立場。お互いに、それがわかっているから気が楽だ。性格もアッサリしている。

「そっちの方も、そう願いたい、って感じだよ。・・・それじゃ」

 オレは軽く手を上げながらウォーキングベルトの空きを確認した。MMは、「アア。これからも事件に巻き込まれる確立がゼロとは限らないからな、お互い体は鍛えておこうぜ」、と言いながらオレの横をすり抜けてバイクのハンドルに手をかけた。

 

    ・15 〜入口にアイ〜

 

オレがホームコンピューターをアンドロイドタイプに変えないのは、いちばん身近な者が必要以上に表現力を持っていると辛いからロボットタイプのほうがいい、と考えたからで、その点でもアイボーは、オレのかけがいのない相棒だと思っている。

「実は、ナミに内緒で買い物をしたんだけど」

朝のコーヒーの時間を邪魔したことなどないアイボーが珍しくそばによってきた。妙にニヤニヤしている。「センスのいいモニターにしたい、と思ったから」

「買い物なんか勝手にやってくれればいいけど、何の話だよ」

 アイボーが振り向くと入り口横の壁に、絵、が浮かび上がった。

「これだよ」

それは絵ではなく、今時珍しい二次元モニター。その上静止画像。

「・・・アイ?」

 それはいちばん最初に会った時の、シートに両手を大きく広げている画像。動きのない画像を見慣れてないから絵に見えた。美しい顔に少しうつむき加減は、なるほど、と言うしかない。不覚にもしばらく見とれてしまった。

「・・・アイボー、アリガト、な」

振り向きもせずに言った。自分で、だらしない顔、を想像できるのだから始末が悪い。「たぶん、アイも関わりがあるんだよな。あの女たちにしても・・・」あわてて話題を変えた。

もちろん、ロボットタイプのアイボーにニヤニヤする機能などは組み込まれてはいない。オレは今でも、あのときのワイヤーの武器に、殺しのリアリティー、を感じていない。

「そうですよね。コンピューターの自分が言ってはいけないことですが、システムで動いている現代で、特定の人が死んだからといってこまる人も益がある人もほとんどいない、と思うんですが。ゼロの会にしても・・・」

 珍しくアイボーから批判めいた言葉が出た。「もしも、うらみだけの犯行だとしたらリスクが大きすぎます」

「普通ならそうなんだよな・・・」

 オレは冷たくなったコーヒーを飲み干し,「グランドに礼のテレックスをいれて老いてくれ」

「お礼のテレックスですか? ナミも常識を気にするようになりましたかね」

 アイボーはニヤニヤしながら答えた。「ナミって喧嘩をできる相手を嫌いじゃないですもんね」

オレが、「フン! 朝飯にサプリメントをつけて出す奴より数段好きだね」と答えると、「それはナミに好き嫌いがあるからです」と、きた。

繰り返すがマイボーにニヤニヤする機能など組み込まれていない。オレとしては、情報収集のラインを太くしておきたかっただけだ。

モニターのアイが笑ったように思えた。

 

・16 〜ISOSに侵入するノイズ〜

 

「そんなのは、ただのうわさ、だよ」

 ISOSエージェントのカラー、ドは口元のグラスから水が飛び出すほどふきだした。「いや失礼。ナミから、そんな生々しい話がでるとは思わなかったからさ」。そして、「スタディーがいなくなって、そんなことまで気を考えなければならなくなったか?」と言いながらテーブルにグラスを置いた。

「世間ではあまり知られていないけど,マスターが死んだあとのダイアリィーとホームコンピュータは編集されて墓地の記憶として残るんだ。知られていないというよりも、死人に興味をもつ人が少ない、ってことなんだが、その編集が誤解されてるんだろ」

オレは「おかげで、どうやら俺も普通の人、になれたらしいよ」少し間をおいた。

「勘違いしないでほしいんだが、俺はISOSの批判をしようってわけじゃない。データの収集が必要なのもわかっている。墓地のデータになる、とは知らなかったが」

「もちろんわかってるよ。ナミはスタディーが心配なだけだろ。だけど本当に個人のダイアリィーの漏えいなんてありえない。・・・少なくともキャリアとしてISOS・エージェントをしている俺たちレベルではありえない」

 この男には珍しく、どこか迷いのある答え、が帰ってきた。

「どうした? 少しでも心当たりがあるなら教えてくれないか」、少しカマをかけてみた。

「ここだけの話だが・・・」

カラー、ドは言葉をとめた。そして、「G・R・P・終末宣言が出ないことは知ってるだろ。本来なら最終年の三年前に出す予定だったんだ。それが、・・・ノイズが入るんだよな」

「ノイズ?」

「アア、ノイズとしか言いようがないんだ。もちろんどこから入るのはかわからない。ただ、・・・言われているように俺たちISOS・エージェントには意志がない。選挙などでコンピュータにはいったデータをもとに決定した事項を実行に移すだけだ」

 自嘲気味に笑った。「コンピュータからでてくる指令に統一性がない、といえばわかりやすいか」、人差し指で二度ほどこめかみを叩いた。

「なぜ?」

「わからないからG・R・P以後の指針が出せない。だから終末宣言も出せない・・・」

 ため息気味になっている。ISOS・エージェントにも悩みはある。「だけどスタディーとは関係ないな。・・・今言ったことは忘れてくれ」カラー、ドが意識的に間を開けたとき、パスタとサラダが運ばれてきて話が中断された。

カラー、ドはメイドを見上げた後、ゆっくりとパスタに粉チーズをふりかけた。そして、小さくため息をついた。

 

 ・17  〜サイドがホワイト・シーンとナミを誘って〜

 

「俺自身、前から気になってたからこんな話になったのかな。実はISOSのデータの中に、もちろんスタディーを含めて個人のコードナンバーが出てくることなどほとんどない。だけどナミのコードナンバーは出てきたことがあるんだよ。そのときは好奇心からクリックしたんだが・・・」

「俺の? どうして? ・・・いつのことだ?」

「いつもこんなことをしてる訳じゃない。それだけはわかっておいてくれ」

 カラー、ドは上体を突き出して念をおした。オレはせかすように二度ほど続けてうなずいた。「・・・もちろんコードナンバーでだが、サイドがホワイト・シーンとナミを誘って、って簡単なメッセージだった。サイドってのは俺と同じISOS・エージェントだよ」

「サイド。・・・ホワイト・シーンとナミを誘って?」

 ホワイト・シーンは、あの時青いベールをかぶっていた男。ゼロの会のサブ・リーダー。サラがスノー本部にいるときはフォレストヒルズの指揮は、この男が取っている、と。

「アア。二週間くらい前かな・・・」

少しずつカラー、ドの声が小さくなっている。二週間前。ホワイト・シーンがオレのルームに来た後。襲われる少し前。「だけど、もうやめよう。あまり大きな声で話せる話題じゃない。スタディーとは関係なさそうだし」カラー、ドは右手を小さく振った。

オレは、「そうだな」と答えておいた。興味はあるが、ISOS・エージャンのカラー、ド相手にこれ以上の情報は得られないだろう。彼にとっては漏えいと取られる可能性がある訳で。言えるのは、ISOS内部で公然と指令のやり取りが行われていること。それがノイズとなってエージェントたちの判断を鈍らせている、と。それはG・R・P終末宣言を遅らせるほどの影響力を持っている?。

「いつ頃からなんだ?」

 カラー、ドは、「最近になって特に多くなったかな」、と言いながらパスタを口に放り込み「これうまいよ」と続けた。

 

帰ったオレをドアの前でアイボーが待ち伏せていた。カラー・ドとわかれた後、「すぐ帰るから、ホワイト・シ−ンをもう一度調べてくれ。それにサイドって男も。ISOSのエージェントらしいんだが」、と伝えておいた。

「表面的にはふたりとも変ったところはありませんね。ゼロの会とエージェントって組み合わせが気にはなりますが」

 アイボーには珍しく早口になっている。「それより、カラー、ドからの情報提供があまりにもタイミングがよすぎませんか? 今回に限らず前からそんな感じがあったんですが・・・」

「アア」

それもキーワードだけが単発でとびだしてくる感じ。「しかしな、今は裏を読まなくてもいいと思ってるんだ。ただ、気に入らないのは相手の顔が見えない。だれのシナリオかわからにことだよ。それでもパズルだってピースを埋めていけば全体が見えてくるだろ」

 アイのモニターを見ながら言った。

「そうですか。それでナミはサバサバしてるんですね。・・・最近は、アイのことといいナミの

思考解析の改ざんはいそがしいですよ」

 アイボーもアイを見ながら含みのある顔をした。そして、「以前のナミでは考えられないことです。死んだテラに感謝してもいいくらいですかね。スタディーにも」と、きた。

オレは、「バカヤロウ。昔の俺は何にも考えていなかった、とでも言いたいのかよ」と凄んでおいた。そして、「バカなことを言ってないで、もう少しサイドって男のデータを集めておいてくれ」と、続けた。

「ホワイト・シーンにアポをとっても二度と会おうとはしないだろうしな。サイドはどこかで待ち伏せでもしてみるか」

 オレが物騒なことを言うとアイボーは、「なにをバカなことを言ってるんですか! 」と声を荒だたせた。「サイドがホワイト・シーンとナミを誘って、はあの襲撃事件のことでしょ。ナミは何事もなかったから気楽に考えすぎです。グランドも運が良かっただけと言ってたじゃないですか。あの女たちは、地球に存在しない人、なんですよ。これはエージェントが暗殺者とのルートを持ってる、てことになりますよ。それだけの規模で動いてるんですよ!」、一機に言った。

 まったくその通りだ。過信する気はないが危機感が薄いのはオレの悪い癖だ。「グランドに会ってから、にしたほうがいいですよ。なんていってもポリスですから」アイボーが命令口調になっている。

オレは、「しかし奴は、礼のテレックスを入れたときも喧嘩腰だったぜ」、とニヤニヤしておいた。

 

18  〜ルーキーの策略〜

 

「ナミはずっとスタディーの影にいたから目立たなかったけど、あれで無鉄砲の怖い者知らずだから、ってアンが心配してたぜ」

 ルーキーは若い分だけ、アイボーよりものわかりがいい。こちらも苦笑いになった。オレ自身、最近はやりすぎかも、と思ってはいるし、アイボーからも同じようなことを言われたばかりだ。「でも、俺としては、無鉄砲大歓迎、だけどね。年寄りくさいより楽しいよ。それで、これからの予定は?」

 ニヤニヤしながら上半身を乗り出してきた。ルーキーは、最近オレのルームにくることが多くなった。どうやら単独行動をさせないつもりらしい。

――もしかしたらアンからの指令で、か? 一連のシナリオはアンかドクター0”が?

 とりあえず、何のために、という疑問は置いておくとしても、だ。。

「フォレストヒルズ・ゼロの会のサブリーダーホワイト・シーンだってのは知ってるな」

 オレはあらためて切り出した。オレからは話していないから、知っているとすればアンからに情報。

「もちろん知ってるさ。スタディーを引き抜いた当事者だろ」

 ルーキーは、あっさりと答えた。それもスタディーとのことまで。しかし、その件は後回しでいい。そのときがきたらアンを問い詰めればすむ。オレは、

「わかってるなら話が早い。やつを引っ張り出したいんだ。なにか方法はないか?」

 もちろん、アンのシナリオがあるとすれば後の手も打ってあるかも、という読みもある。

「そんなの簡単だろ。あいては宗教のサークルだぜ。プレゼンの依頼でもすれば、風当たりの強い今のゼロの会ならよろこんで飛んでくるさ。ナンバー2がでてくるくらいの人数でリンクをちらつかせて依頼するんだよ。お祭り騒ぎでもする感覚でさ」

 ルーキーは上半身を乗り出して言った。なるほどな、という感じ。これはルーキー本人のアイデア? あるいは若者の発想。「段取りは俺にまかせなよ。面白いお祭りを見せてやるからさ」

 アイボーが横から、「ルーキーは頼りになりますね。スタディーがいたころみたいです」と、口をだした。本心はルーキーとセットで行動させたいわけだ。やはりオレの単独行動だと危険がついてまわる、と。

 

 19 〜お祭り騒ぎ〜

 

 建物にゾロゾロトと入っていく人たちを見ながら、「何人くらい集めたんだ?」と聞くとルーキーは、「二百人くらいだよ」と、簡単に答えた。たかがサークルの説明会に集める人数ではない。

「全員が冷やかしだろ。お前が集めたのか? まさか申し込みの代表者はお前じゃないだろうな」

「もちろんだよ。代表者はあのいちばん前のテーブルにいるやつさ」

 前方に親指だけをむけた。こうなると、「お前、大したものだね」と笑うしかない。なんにしても、お祭り騒ぎ、だ。

説明会はパーイー形式で始まった。むかしオレとスタディーが行ったときと同じ形式。ゼロの会としては、「最近はやってない」らしいがルーキーの提案にはゼロの会のほうが乗り気だったらしい。

いちばんの違いは、セックス愛好会、的な構成が消えていることぐらいか。「初期には、そんな勧誘の方法を取っていたこともあったらしいですが、ゼロの会の開設のころだけの話です」と、いうことらしい。 

「挨拶は最低でもサブリーダーくらいの人は来てほしい」と、要請してあったこともあって、狙い通りホワイト・シーン。

「・・・サブリーダーを務めております。現在のゼロの会は強い風当たりにさらされていますが・・・」

あのときのサラほど堅苦しい出だしではないが、とにかく言い訳と説教で長いスピーチだ。だからタレントたちを観察する時間は十分にある。ホワイト・シーンの後にならんだタレントは三十人くらい。オレとルーキーはすみっこの目立たないテーブルに席をとっている。ルーキーは全体を見渡しながら、「やはりスタディーはきてないな」と、つぶやいた。

「そうは思い通りには動いてくれないさ」

 本心は、今はまだスタディーと会わないほうがいいのかもしれない。会う自信がない。「それどころかガイアもきてないんだろ。俺もモニターでしか見たことはないが」

「ル・デァーのサブリーダーのか? スタディーのル・デァーUとトラブルでも起こしてるかな」

 ルーキーは軽い感じで言った。オレとしては気がかりの種だ。二つのサークルのトラブルからは、悪い結果が出る、としか思えない。

 ホワイト・シーンの挨拶が終わるとそれぞれのサークルのタレントたちが席に散らばり始めた。

「きっとあのタレントたちにはノルマがあるんだぜ。かわいそうに。お前の陰謀の犠牲者だな」

 オレはルーキーを横目で見ながら言った。ルーキーは、「ゲームだよ。ゲーム。今はそんな時代だろ」と、笑った。この若者とスタディーのいちばんの違いは、楽しむ余裕、だ。スタディーには、鋭すぎるナイフ、みたいな危うさがあった。――だから俺は・・・。

 

20 〜悪魔のZ指定者と、その監視者〜

 

 オレたちの席にはソフィーという女が着いた。あのときのフリーとはタイプの違う、「どこにでもいる、きれいな女」だった。今にして思えばフリーは不思議な女だった。あれほど、柔らかい雰囲気を持った女、にはあれからも出会っていない。

もちろん今回はれっきとした説明会であり以前の、セックス愛好会的なパーティーとは趣旨が違うのだが、ソフィーの応対は事務的だった。もちろん酒など出るはずがない。

 オレは無言のまま座っている。ソフィーの説明も右の耳から左の耳に抜けるだけ。

三十分ほど聞いていたルーキーが、「ゼロの会の説明会はセックスをさせるってうわさだから来たんだけど、君が相手なのかな?」と、動き出した。

「セックスの相手ならブライダルにでも行ったほうがいいですよ」

 ソフィーは冷静に答えてきた。「ゼロの会には、そんな事実はいっさいありません」。言いきった。最近では、なのだが、今のゼロの会がセックス愛好会の形をとっていないとすれば、テラの自殺はル・デァーとUとのトラブルから?、それはそれで気が重くなる。

その時、周りの席から歓声が上がり始めた。「話が違う!」、「責任者に説明をもとめる」と、いった感じだ。タイマーのスイッチが入った感じ。瞬く間に会場全体が騒然となった。 

 お祭り騒ぎ。あらためて、ルーキーの仕掛けもたいしたものだ。あきれているオレに、「ナミ! ボケッとしてないでホワイト・シーンを見失いなわないでよ。こんなときは偉いやつほど早く逃げるんだから。裏口もわかってるね!  それがセオリーだから」。矢継ぎ早に指令が飛んできた。 

 オレはあわてて、「わかった」と答えて会場を見渡した。早くもホワイト・シーンは出口に向かっている。ルーキーの、「行くよ!」という声が響いてきた。

 

「やっぱりナミの仕業だったか! 今回も」

  出口の正面に顔を出したオレに、青いベールをつけたホワイト・シーンは怒りを隠そうとはしなかった。宗教係サークルの幹部としては失格ものだ。

「俺に、こんな知恵はないよ」。苦笑いをしながら手を振った。

ホワイト・シーンは立ち止まるつもりもないらしい。オレに向かってまっすぐに進んでくる。そして、

「確かにスタディーに、ナミは悪魔のZ指定者であり、君は彼の監視者として生かされている人、とリークしたのは俺だよ。しかし、これは現実だ。お前に文句を言われる筋合いはない。判断したのはスタディー自身だよ。ゼロの会を恨むのはお門違いだ! 」

それは、青いベールの下からナイフのように鋭く響いてきた。。悪魔のZ指定者? 監視者として生かされている? 最近では突然飛び出してくるキーワードにも慣れたつもりでいた。しかし今回は。

「・・・なんの話だ?」、かろうじて言った。

「お前は自分がZ指定者だってことを知らなかったのか? 自分が疫病神だってことを」

 ホワイト・シーンは恨みのこもった目を残してオレの横をすり抜けていった。隣でルーキーが、「待てよ。ごまかして逃げるのかよ!」と、大声をあげた。

―スタディーがゼロの会へ行った原因は俺にある? 

 もしかしたら特定の人? このオレが? 

「事実なのか! 本当に俺が・・・」

 ふりかえって言いかけたとき、ホワイト・シーンは車のサイドシルに足だけをかけて、「お前は疫病神なんだよ! 」と、言った。

「いいのかよ。あんなごまかしだけで帰して。せっかく・・・」

 オレはルーキーの声を上の空で聞いていた。

 

後で聞いた話だが、この会場にはマスコミの連中もまぎれこんでいたらしい。当然ゼロの会パッシングが再燃した。あるいは、「急成長の秘密。その第二弾」、「ゼロの会の過去」というわけだ。

 

 行動しなければ見えてこない現実。あのときのアイの次の言葉は、「リスクは生まれるけど」、だった。

「ナミなら乗り切れると信じている」、とも。

 

「ホワイト・シーンの言葉を、すべて真実と取るべきなんですかね」、アイボーがダイアリーをつけるときの、いつものひとり言。「結局、暗殺者に関する情報はゼロだったんですね。サイドとのつながりも」

あいかわらずランダムに飛んでくる。だが今夜は、責められている気分になった。

「それにしても、すべての原因がナミにあったなんて・・・」

オレは、「まだデータ不足だろ。決めつけるなよ!」荒っぽく答えた。アイボーとの対応に、答えを想像できる質問を、と決めたのはオレ自身だ。

――それが最近はどうだ・・・。

 ダイアリーをつけ終わってしばらくしてからアイボーが、「Z指定者なんて名称はどこにも見当たりませんね。個人、団体ともにです。やっぱり、ルーキーの言うように、口からでまかせじゃ・・・」、ゆっくりと言った。

「ならいいが、そうは思えないんだ。もともとホワイト・シーンは見も知ずのオレに敵意をもっていたようなフシがあるし・・・」

「ナミが、規定の人、ですか。ISOSのコンピュターに雑音として侵入している、っていう」

 アイボーが言葉を選んでいる。「生まれた時からずっと一緒にいたスタディーがナミから離れていくには、よほどのショックを受けた、、と考えたほうがわかりやすいですしね」

「月例会のとき突然に、だったからな。その直前に聞かされたのだろう」

 アイボーは、「ナミがZ指定者でスタディーが、その管理者として生かされている、生まれたときから。本人が知らないまま・・・」。あいかわらず、かみ締めるような口調にリアリティーがある。

オレは、「・・・疫病神」と、つぶやいていた。

 オレとアイボーの意識が重なっている。新しいキーワードは、悪魔のZ指定者。・・・疫病神。

 問題はオレでさえ、わかりやすいシナリオ、と思えてしまうことだ。決定的にたりないのはオレの知識。そのためにオレとスタディー、そしてテラの三人の仲がこわれたという事実。そして、そのためにテラが死んだ、という現実・・・。

 

 ポリスのオフィスにはいると大きな体が視界を塞いでいた。グランド。そして、すぐに大きな手を差し出した。「グラと呼んでくれ」

オレは、もしかしたら、思いっきり力を入れてくるのではないか、とためらったが、この男も、それほどの筋肉バカではなかった。そのかわりに、「テラが死んだ責任はお前にある、という自覚は持ってるな」と、強烈なパンチが飛んできた。

ルーキーもそうだが、どうやらこの男も、関り、を隠すつもりはないらしい。これならオレも本音でいける。

「・・・アア、すべて俺の責任だよ」

 目を見ずに答えた。オレのほうが握手の手に力が入っている。

「そうか。自覚はあるか。入ってくれ。俺のオフィスで話そう」

 グラは何事もなかったようにてを離した。 

はじめて来たがポリスのサークルでは昔の事務所のように個々のオフィス・ルームを持っているようだ。集団行動が必要なポリスの特性か。「お前もいろいろと、やってるな! 」。低い声が通路で響いた。

「俺はなにもやってないよ。周りがかってに騒ぎを起こしてるだけさ」

「フン! 周りがな。マァいい」、グラはニコリともせずにうなずいた。

整然とならんでいるドアのひとつを開けると中には固定式の机と硬いイスがならんでいる。

「適当に座ってくれ」、言いながら机に両手を置いて顔を突き出した。

今時エアークッションなしとは、もっとも、この男にはぴったりのロケーション。こうして向かい会って見ると、以前にもスタディーと一緒に会ったような記憶がある。以前のオレは、スタディーの担当には口を出なかった、からあの時は思いださなかっただけ、らしい。

「テレックスでは知らせたが、いまだにあのときの女たちの行方はわからん。フォレストヒルズだけじゃなく地球全体に捜査網を広げてるんだが。信じられないが」

 どう見ても、信じられない、という顔ではない。オレは、「そうか」と答えておいた。言われなくてもアイボーが広報をチェクしている。

「彼女たちがパスポートを持っていないのが広報されないのはお前が抑えているのか、それとも・・」

 グラは最後まで聞かずに「フン!」と鼻先で笑った。そして、「ここに来たのは、スタディーの会いに行く決心ができた、ということだな」、オレを正面から見据えてきた。「俺がル。デァーUのゲストとしてリンクしていたことなど、お前には、ただの渡り、だ。本心から会う気があるなら方法はいくらでもあったはずだ。行かなかったのはお前の、臆病、以外の何者でもない」

まったく、テレビドラマで見る尋問だ。

オレは、「その通りだよ」と答えるしかない。「お前が考えているように、いまだに俺は彼女たちを暗殺者に実感を持っていない」

「フン!  実感がないか。マァいい。お前が、その気、のなったのならお前が起こしたふたつの事件もムダにはならなかったわけだな。俺としては何をバカなことをやってるんだ、って感じだったが」

「まったく。バカだよ」

本心。それに相手のほうがデータの量が多いのだから言い返しても勝ち目はない。始末の悪いことに、ドクター0”、アン、ルーキー、それに、このグランドがタッグを組んでいるとしても、この連中には、こちらから聞かないことにデータを提供する気さえない、ことだ。

――それが0”たちが書いたシナリオ? それにしてはメッセージを送ってくるスタンスに微妙にズレを感じるが・・・。

とりあえず、「バカなことをやってても収穫はあるさ。Z指定者って知ってるだろ?」と、カマをかけてみた。しかし答えは、「Z指定者? なんだ、それ」だった。

「ホワイト・シーンから言われたんだが、知らないなら、それでいい。実は俺にもわからないんだ」

 少なくとも、これでZ指定者について調べるだろう。情報源はこの連中のほうが数倍多い。グラも、そのつもり、なのだろう。深くは追求してこなかった。

 

 21 〜見えてこない筋書き〜

 

「本題にはいるか。ル・デァーUだが、ナミを行かせたい、といったら猛反発をくらった。もっとも、あの暗殺者たちがゼロの会と関っているのは間違いないが、ただの下部組織でしかないル・デァーUが知っているかは疑問だがな」

グラはニヤッっと笑い、「しかしゲストの申し込みを無視するわけにもいかないから、しぶしぶ承知した。そのとき聞いたんだが、テラの遺骨と遺品はル・デァーUから安置所に移した、と言ってた。一度会いに行ってやれ。メッセージがあるかもしれん」、正面からオレにひとさし指を突き立ててきた。

「ISOS本部か、・・・遠いな」

「お前にとっては、地球の中でいちばん遠い場所になった、か?」

 グラはテラをよく知っていたグラの話の中にはオレの知らないテラがたくさんいて、少々情けなくなった。「テラはいい女だったよ。ただ、生まれた時代を間違った、のかもしれん」、オレは小さくうなずいた。

――間違いなく、古い時代の女。

「とにかくスタディー本人が会うことを承知した。ヤツなりに、いや、ヤツも逃げてばかりはいられない、と腹をくくったようだ」

「・・・それで、明日でもいいのか?」

「三日後を指定してきた。スタディーだけの都合だけじゃなく、ル・デァーUや本体のゼロの会としての思惑もあるんだろよ。とにかく、俺じゃなくナミを行かせたい、という申し込みだからな」

 グラは、いかにもうれしそうに笑った。「なんたってお前はゼロの会にとって最悪の人なんだぞ。こちらの都合ばかりも言ってはおれん」

 まだ何か言いたそうだが、無視することにした。この手のトゲにつきあっていては話が進まない。

「時間を稼いで問題点を整理しようとしているんだろ。しかし・・・」

いやな予感はしている。根本的に二つのル・デァーの存在は無理がある。解決策はひとつを抹消するしかない。

「むこうの条件は、ナミ一人で来い、だ」

 グラは、相変わらずニヤニヤしている。

「俺は最初から一人で行くつもりだったが、・・・その条件はスタディーがつけてきたのか?」

「わからん。あくまでル・デァーUから、だ。俺としては同行するつもりだったが。・・・危険だぞ。もちろんオフィス内でのトラブルを起こすほどバカではないだろうが、洗脳する、という手はよくある。帰って自殺だよ。一般の者は知らないが、自殺の三分の一は、そのパターンだといわれている」

 やっとグラの顔から薄笑いが消えた。

「・・・自殺での死亡率が高いのは、そんな事情があるのか」

 現代では、そんなバカなこと、と言えないところがある。こんな時、オレのような平凡な人は知らないことがある、ということで納得するしかない。「わかった。気をつけるよ」と、答えるしかない。これ以上おどされたら、行く決心、が鈍らないとも限らない。

 危険、に関しては、ダイアリーの後でアイボーにもしっかりおどされた。まったく、である。

オレは一呼吸おいてから「ひとつ情報を提供しておくか」、グラを正面から見た「サイドって男を調べてくれ。ISOSエージャントなんだが、ISOSのデータの中に、サイドがホワイト・シーンとナミを誘って、ってメッセージがあったらしい。もちろんネームではなくコードナンバーで、だが。襲われる直前だ」

「サイドがホワイト・シーンとナミを誘って、?。ISOSのデータの中に個人のどー度ネームがでてくるものも珍しいな」

 カラー・ドと同じことを言った。やはりポリスとエージェントの立場は近い。それにしても、ISOSのデータには、それほど個人の情報が乗らないものなのか。「わかった。調べてみる」、グラは興味と見せた。わかりやすい男だ。オレは、「Z指定者の件も含めて、何か分かったらら俺にも知らせてくれ」とだけ言っておいた。

 

 22 〜安置所 テラ〜

 

待たされる三日間でテラに会っておくことにした。もちろん、万が一の場合は墓参りにも行けなくなる、などと考えたわけではない。

最近のオレの外出は、明るい時間、人の多い場所、を選んでいるから窮屈になってはいる。それほど無用心に行動しているわけではない。

もっともスケジュールを決めるのはアイボーなのだが。

 

ISOSの安置所に来たのは初めてだ。管理者に、「どれくらい保存されるんだ?」と聞くと「百年間残される」という答えが返ってきた。逆に言えば、百年過ぎたら完全に抹消される、ということ。 平均寿命が百五十年の人という生物にとって、それが長いか短いかは、わからない。現実問題としては、関る人がほとんどいなくなるだけ、のシステム上の問題なのかもしれないが。

整然とならんでいる引き出しの中のテラのプレートがつている取っ手を引くと、スモークと一緒にテラの姿が浮かび上がった。

テラ以外の、墓、は視界から消えるように演出されている。

「ナミ、久しぶりだね」

相手を認識してデータを引き出しているのだろう。プログラムとしてはわかっていてもテラの笑顔はうれしい。

「アア、テラ。久しぶり」、オレは、ゆっくりと答えた。

 どうやらテラは事前にISOSへ遺言を送りつけていたようだ。当然のことだが葬式は・デァーUのサークルでおこなわれた。ダイアリィーはゼロの会が脚色していて、まともに話せないだろう、と思っていたが、うれしい誤算、になった。

その代償として、しっかりグチ、を聞かされた。それは、「スタディーをゼロの会にリンクさせたのはホワイト・シーンって男らしいんだけどタレントとしてリンクさせると同時に邪魔者扱いでさ、そこ私が行ったから・・・」、から始まった。

もちろんオレには聞く義務がある。救いはオレへの非難がないこと。時々相槌を打つくらいですむ。

 思いがけなかったのは、あのフリーのネームが出てきたことだった。「彼女はスタディーを嫌っていたようなんだ。Aゾーン・スノーにいるころはもちろんフォレストヒルズに帰ってからもスタディーのやることにはフリーの邪魔が入ってた。だからスタディーは私をAゾーン・スノー本部には置いておきたくなかったんだよ。彼女にはスタディーもずいぶん悩んでた。理由がわからないんだけど。もちろんガイアは、彼の存在さえ許さなかった、し・・・」

 オレは、「そうか」とだけ答えた。ル・デァーのリーダーであるガイアはともかくとして、死んでいるとはいえテラにフリーの話はしたくない。おそらくオレがからんでいる。

――あのフリーが? オレの中にあるイメージとはずいぶん違がっている。

 男と女。そんなふうに考えるのはオレの思い上がりか?

「ゼロの会はタレント間の競争が激しいんだろ。のんびりしたAN研究所とは違うさ」

「彼女の場合、それだけじゃないような感じなんだけど・・・、でも、もういいよ。すんだことだよ」

 テラは、あっさりと笑った。すんだこと。そして未来を持たない存在。その中では憎しみよりも諦めが優先される。どうやら、死ぬ、とは、そうゆうこと、らしい。

「テラ、本当にすまなかった」

 深々と頭を下げた。今のオレはテラの知らない事実も知っている。

――すべて俺の責任だ。

「私のことは、もういいからスタディーをお願い。きっと彼を守ってやれるのはナミしかいないから」

 テラは胸の前で両手を合わせた。オレは、「わかった。スタディーはかならず俺が守るから」と、答えるしかなかった。

 もちろん、わずか二日後に、スタディーの死、を聞かされるとは思ってもいない。正確には、いやな予感がある、のだが・・・・

 

23 〜ゼロの会本部〜

 

 朝、さすがに落ち着かなかった。「スタディーは今どこにいる?」、オレらしくもなくコーヒータイムは長くなっている。「ハスポートはオフになってないか?」

「オンです。ゼロの会の建物の中のル・デァーUのオフィスらしい場所から動いてはいません。ずっと。・・・実は不自然なほど長時間動きません」

 不自然なほど? アイボーは含みのある言い方をした。 

「そうか。テーブルにでも置きっぱなしかな?」

パスポートを長時間置きっぱなしというもの考えにくい。しかし、それには触れずに、「スタディーとガイヤ。それにホワイト・シーンも。ついでにサラの居場所にも気をつけていてくれ。スタディーを俺に会わせずに、ほかのゼロの会の連中が何か手を打ってくる可能性だってある。俺だってまだ死にたくないからな」と、笑っておいた。ホームコンピューターと不安を同調させるとロクな結果がでない。

「サラもですか? ガイヤとホワイト・シーンはわかりますが」

「憎んでいるとわかってるやつは用心すればいいだけだよ。わかりやすいさ。サラは、何を考えてるかわからんからな」

・・・敵ではないような、と喉まで出たがやめた。アイボーから、ナミは甘いです、の説教が帰ってくるのは見えている。フリーの居場所を・・・、も、口にはしなかった。

「不審な動きがでたら報告します。十分に気をつけてくださいよ」

「心配してくれるのか? おそらくグラはオフィスの外で待機していてくれる。大丈夫ださ」

 もちろんそのあと二杯目のコーヒーをいつもより時間をかけて飲んだし朝飯についてきたサプリメントも文句を言わずに飲んだ。

  それでもアイボーから、「ナミのデータを改竄する必要がありますかね?」と、言われた。アイボーもどこか落ち着かない。 出掛けにはアイにウインクもした。少なくとも表面的には落ち着きをみせた。だが・・・。長い一日の始まり。

 

23  〜ゴーストと名のる男〜

 

 ゼロの会、フォレストヒルズ本部のホール。タレントたちは険しい目をしてオレの前に壁をつくっていた。どの顔も宗教系タレントの常であるすまし顔の仮面を取っ払っている。

「スタディーに会わせないって、どうゆうことだよ!」

 こちらも声が大きくなった。「会えないというのはスタディーの意思か? それともル・デァーUとしての意思なのか?」、それともゼロの会の・・・は、かろうじて腹に収めた。サイドやホワイト・シーン、この建物の中には^はオレに対するストッパーはいくらでもいる。

「両方です。とにかく彼には会えません」

 一列に並んだ五人の男たちには、絶対にホールには入れない、という意志があった。これを昔の人は団結力といった。あるいは忠誠心。しばらく押し問答になった。

もちろん、男たちにとっての弱みである。「ポリスを呼ぶ」というカードを切れない条件の中で成り立つ駆け引きだ。何しろ、オレはポリスであるグラの紹介で来ているのだから。

「なら、サラに会わせろよ」

 これも一枚のカード。それもこの場面ではジョーカー的なカード。勘でしかないが、以前0“が、「ゼロの会はリンクしてからスタディーの能力に気がついてお前に・・・」と言ったことがあるが、それは違う。サラは十五年前にスタディーの能力に見切りをつけている。

 少なくともホワイト・シーンとサラの意志には、かなりの違いがある、と思っている。サラは、オレに対してホワイト・シーンと同じ憎しみの感情だけを持ってはいない、と。

どちらにしても今は、ジョーカーのカードを切ってみるしかない。Z指定者、監視者の意味がわからないままスタディーと会って感情的になるよりクッションになる。

「ゲストからの紹介をそちらの都合でキャンセルしたんだ。それなりの人物から説明するのが礼儀じゃないかね。こちらは、それをサラに、と言っているだけだよ」

「そんなことができるわけがないだろ。サラ様に会いたければ一度帰ってアポをとりなおせ!

 一番若い男が大声をはりあげた。サラ様、懐かしい言い方だ。さらに、「もっともサラ様がお前なんかに会うことなどありえないがな」。別の男が吐き捨てた。

「そう思うなら、サラに聞いてみろよ。いや、ナミが来ているが、どのように対処しましょう、と支持を仰ぐだけでいい。サラは俺が来てることを知らないだろ。ここで追い返したら君たちのマイナスポイントになるぜ」

 言い切った。賭けのようなものだ。もし先にホワイト・シーンの耳にはいったら無条件でキャンセル。オレなどにはあまり縁のない言葉だが、マイナスポイント、というのは組織で動く者にとって最大の脅し文句になるはずだ。この男たちには申し訳ないが、結成されたばかりのル・デァーUのタレントたちの動揺にかけるしかない。。すぐに、ひとりの男が奥へ走っていった。

「・・・サラ様がお会いになるそうだ」

 しばらくしてもどってきた男は、苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「悪いな。君たちの顔を潰して申しわけないが、今回ばかりは俺も引き下がれないんだ」

 オレは、その男をせかすように奥を指差した。

「俺が行こう」

 五人の中ではいちばん年長そうな男が一歩前に出た。「君たちはもういいから」、そういえばこの男だけは押し問答の間は口をださなかった。

「ゴーストと申します」

 男の声は今までの口論が信じられないほど静かだった。ゴースト? 幽霊? 

ゴーストは、こちらの戸惑いを楽しむように横に並んでゆっくりと歩きだした。

オレは、「荒立てて申し訳ないと思います」と、頭を下げた。そして、「こんな強引なやり方は人生初めてで、実は冷や汗をかいています」と続けた。間違いなく本心。  

ゴーストは、「そんな感じですね」と笑った。「強引なやり方が、聞いていたナミの印象とかなり違う」

「スタディーからですか?」

「リーダーから話題になることはありませんでした」

・・・でした? 「ナミはゼロの会の中では時々出るネームですよ。サラとか、本部ではフリーあたりもかなり気にしている。だからガイアやホワイト・シーンは過剰に意識してる」

 意識している・・・。オレは、「フリーも? でも、いいんですか? 俺みたいな部外者に話しても。特に俺は当事者だし」、と言いながらを横顔を見た。 

「別に、かまいませんよ」

 ゴーストは、あっさりと言った。いつの間にかも消えている。横顔を見たオレを気にする様子もない。オレは、「そうですか。どうか、スタディーの力のなってやってください」と、さぐりをいれてみた。

「そこらへんはサラから話がでるでしょう。どちらにしても、たいした問題ではない」 たいした問題ではない? ゴーストは意味ありげに笑いながら、「問題はナミ、君です。理解できない男です。もしかしたら君は誰も信用したことがないのではないですか? スタディーさえも信用していない。ただ利用しただけ」、淡々とした口調は変わらない。

「俺が? どうして?」

 実は、そんな思い、がなかったわけではない。だからこそ必要以上にスタディーを前面に出していたのかもしれない。もちろん、はっきりと自覚を持っていたわけではないが。

「どうやら、かな? 俺も、影からあやつる快感がわからないでもない。ずるい、といえばそれまでだが」

「それで、スタディーは俺が重荷になった、と言いたいのですか?」

 喉までZ指定者の言葉を抑え込んでいった。ぜかオレのほうが敬語のなっている。クター0“と対するときでさえ使わないオレが。

「それほど、世の中単純ではないよ。ひとつの要因ではあることは間違いないだろうが」

「・・・あなたは、いったい?」

「無知は罪悪。君のためにあるような言葉だな。自分のことも、おかれた立場もわかっていない。わかっていないから先も見えない。正確には、見ようとしなかった。会ってみて初めてわかったよ。そんな人のことがわかるわけがない。俺の周りには、そんなタイプの人はいないから」

 ゴーストは満足そうにうなずいた。そして、「ためしに使ってみた女たちが貧乏くじを引いて終わったわけだな」と、笑った。・・・女たち? あの少女たちのこと? それに、

――無知? ・・・Z指定者とその監視者のことを知ってる?

「あんたは!

 しかしオレの大きな声は無視された。あいかわらず静かな声が響く。

「それでも無知なりにあがく姿はいいもんだよ。少なくともゼロの会に与えたダメージは少なくない。もしふたつの事件が君の仕掛けだとわかっていたら、君は入り口のところで殺されていたかもしれないね」

 正面に固定された視線は変わらない。「サラに感謝するべきだな」

「あんた!

オレがゴーストの前に回り込んだとき、「サラ様の部屋につきました」、無感情で言いドアを指差した。・・・タイムアウト?

――この男、ここまでの時間を計算して話を進めてきた。

オレに対して興味は持っている、今は、これだけの情報量で満足しろ、とのメッセージ? ゆっくり深呼吸してからゴーストの目を見据えて言った。

「問答無用か。ひとつだけ教えてくれないか。ゴーストってのは幽霊でいいのかな?」

「自由に取ってもらっていい」

少し声を落した。そして、「さっき、おまえは誰も信用していない、といったが、逆に、だれでも信用してしまうタイプでもあるようだ。だから理解できない。甘い、と言ってしまえば甘いだけの男なんだが。・・・サラ様,ナミを案内しました」

ドアに向かって言った。表情は変わらない。オレの背中のあたりでドアが開く気配がする。昔のヒンジを中心に横開きする木製のドア。

オレはゆっくりと振り返った。目の前にサラがいる。この古いタイプのドアはいちまい開かれただけで空気を一変させた。

「一対一で直接お話するのは初めてですね」

 サラは部屋の中で小さく頭を下げた。直接は、と、いうことは映像では何度も見ている、と? 

――とりあえずオレの勘は当たりだったようだな。

サラの持つパーツはアイと似ている。金色の髪とブルーの瞳。そして白い肌。しかし、受ける印象は正反対だ。アイの場合それぞれのパーツが輝いていた。白い肌にしても大理石のような輝きがあった。サラの場合、不透明で、絵の具を塗ったような白。それを、知的と取るか病的と取るか、は個人の好みだろう。

「私には、やっと会えた、という感じがあります」。サラは笑った。

 背中からゴーストの気配が消えている。まったくの想定外であるゴーストの出現がオレをいらだたせている。オレは気分を落ち着かせるために、ゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。

 ドアが閉まる。

サラの笑顔から受ける印象は、十五年前のパーテーのスピーチの時に感じたよりも親しみを感じる。十五年たってサラも丸くなったか、それともオレに興味を持っているからか。

「以前パーテーで一度お会いしていますが、お話するのは初めてです」

 オレは笑ってみせた。そして、「スタディーに会いにきたのですが、順序が逆になりました。・・・失礼ですが、彼をゼロの会に引き込んだ訳を話していただけませんか?」、無礼を感じながらも、いきなり本題に入っていた。もちろん、ホワイト・シーンの思惑は抜きになった。思いがけないゴーストと名のる男の出現の影響が出ている。サラはオレのわがままに合わせてきた。

「スタディーには、かわいそうなことをしました」

 まっすぐにオレの目を見ている。やはり、様、で呼ばれるだけの女。唇が、「あの人は、死にました。今朝のことです」、と、ゆっくり動いた。「すべて私の責任です」、と。

「・・・スタデーが?」

 

 24 〜無知は罪悪〜

 

 それは、まったく予測できなかったことではない。むしろ、言葉に出せなかった、に近い。しかし現実に言われてみると、やはり・・・。「本当ですか?・・・自殺、ですか?」

 サラの手がオレを引き寄せ、オレは他愛なくサラの胸に倒れこんだ。

――サラの責任? ・・・いや俺の責任。互いの思いが交差している。

サラは、「ナミとスタディーの関係は知っていました。この結果が出ることは十分に予測できたのです。私は、わかっていてスタディーをゼロの会にリンクさせるように支持を出しました。・・・あせっていたのです。テラにも悲しい思いをさせました」、とつぶやき時間が止めた。おそらく一分程度。それでもオレが事態を整理するには十分な時間。もちろん理解できたからといって動揺が収まるわけではない。 

「私の聞いているナミという人は、乗り越えられるだけの強い意志を持つ男、と・・・」、ためらいがちにオレから離れた。さすがに決めつけられなかったようだ。当然だ。それにオレはそれほど強い人ではない。サラが、自分の責任、と言ってくれただけで気楽になっているようなオレだ。「無理かも知れませんが、冷静に聞いてください。これから私が話すことは、それほど大切なことなのです」

 あいかわらず顔色は不透明で白い。しかし、昔とは違って少しだけぬくもりは感じるが、それでも無表情で,ゆっくりと話すペース、は変わらない。オレは、「ハイ」と小さく答えた。正確にいえば他に言葉が見つからなかった。

それは、「今のナミにどれだけ理解できるかわかりませんが・・・」、から始まった。オレに聞かせようとしているのか、自問自答しているのか、わからないまま進んだ。それは、一時的にでもスタディーの死を忘れさせるものだった。あれほどいらだっていたゴーストの存在も意識の中から消えている。

言えるのは、どうやらオレの予感は当たっていたらしい、だけ。やはりサラはオレに興味を持っている。もちろん、その理由はわからない。少なくとも現時点では。

「宗教、という存在があります。現代でいうキャリアやサークルとしての宗教とは違います。本来は信仰する対象として過去の特定の人物を神として崇拝することから始まっています。キリストとかブッタがその代表的な人物です。人類の歴史は、宗教の公布を名目とした侵略と衰退の繰り返しでした。時の権力者にとっても特定の宗教団体と手を結ぶことは勢力拡大の、もっとも有効な手段、でした。弱い人の心に団結という安心を与えるシステムを利用したのです。そのシステムが崩れ始めたのが、西暦の年号でいう紀元2千年ころからです。自我の時代であり、頼る対象が神からコンピューターへと変わっていった時代です。権力者の勢力拡大の手段が信仰心から経済主導に変えたのです。おそらく、物欲主義とネットワークによる情報公開の確立は、精神論が中心の神の教え、を拒否しだしたのです。その頃の人々の不安は、死と病気だけになり、精神論よりもメディカルが優先されました。結果は、宗教団体の解体、という方向へと進みました。そして、キリストの誕生から発した紀元年の称号の廃止です。同時に三百年の期限で、G・R・P,ガイヤ・リターン・プログラムが施行されました。しかし三百年が過ぎても、終結宣言は出ていません。今年で三年が過ぎています。ここまではご存知ですね」

「・・・知識としては、知っています」

 オレはうなずいた。そして少しの間をおいて、「特定の指導者によるプログラムではなく無血で自然発生的な、人類史上希有な革命とスクールで教わりました」

 この時、一瞬サラの顔が小さく笑ったように見えた。しかし、すぐにいつもの無表情に戻った。この時のオレは、こんなリアリティーのないレクチャーが本題であるはずがない、としか考えなかった。

「ナミはコーヒーですね」、サラは席をたって奥に消えた。

十年五前、フリーがコーヒーカップを手渡してくれた。あのときの、サラとフリーに対する感情からすると、今のオレの態度が不思議。スタディーとの関わりもあり、もっと感情的になってもおかしくないのだが、現実には冷静なオレがいる。

もどってきたサラの手には皿に乗ったコーヒーカップがあった。左手にトマトジュース。赤い液体が現実離れして見える。「ありがとう」、オレはコーヒーを受け取りながらサラの目を見た。指先がオレの手に触れた。サラはトマトジュースを飲み干すと、「フー」と、ため息? をついた。

「私がいけなかったのです。あせっていた、と言ったほうが正しいかもしれません。私は昔にように、神を人の心の支えの存在にもどしたかったのです。歴史の中では権力者は宗教を利用しました。私は宗教のために権力を利用しようと考えたのです。つまり、本来G・R・Pは地球を人が存在しなかった時代に戻そうというプロジェクトです。それが時の権力者たちが理想とした地球の姿です。私は、もう少し後、人が恐れを知っていたころに戻したかったのです。少なくとも最初は」

「権力者?・・・最初は?」

「今はまだ、すべてを話すわけにはいきません」

サラは少し間を置いた。それはあの時のアイと同じ感覚。まだ話すには早いと考えたのかもしれない。「言えるのは、現代にも権力者は存在するのです。もちろんISOSではありません。ISOSをコントロールするグループといえば分かりやすいですか。システム主義と呼ばれています。このグループは、おそらくG・R・Pを実行した組織。彼らは地球を3千年近く陰からコントロールしてきました。彼らは権力を誇示すれば必ず反対勢力が現れることを知っていたようです。ところが、三百年の間に彼らの確立したシステム万能の機構にもほころびが見え始め、百年ほど前にヒューマン回避を唱えるグループが現れたのです。ヒューマン主義。現在このふたつの勢は拮抗しています。G・R・Pの終末宣言が遅れているのはそのためです。・・・私は、ゼロの会は、その両方を利用しようとしたのです。その時々で利用価値のあるほうを。ゼロの会のほうも、最初のサークルを立ち上げた7人の意思統一が出来なくなりタレントの入れ替えがひんぱんにおこなわれるようになりました。現在の、ゼロの会に対するパッシングも起きるべくしておきた当然の結果かもしれません」

 3千年の歴史を持つ組織、システム主義に対する新興勢力がヒューマン主義。その影響が、カラー・ドの言った、ノイズ

「・・・じつはホワイト・シーンという有人から苦情をうけました」

「ナミがマスコミを使った件ですね。たしかにゼロの会に与えたダメージは少なくはありません。そのあとの説明会でのトラブルも追い討ちになっています」

「・・・知っていたのですか。知っていて俺を・・・」

「もちろん知っています。たぶんキャリアとしての宗教という点では私よりホワイト・シーンのほうが正しいんでしょうね。まじめな男です。ゆるしてやってください」

「それでいいんですか?」

「いいのです。現代では宗教もキャリアであり、時間をもどすには無理があるようです」

 サラは小さく笑った。「私も少々疲れました。しかしけじめだけはつけておかなければなりません」

「・・・けじめ?」

「それはもういいのです。私としては、ナミをゼロの会に、が最後の望みでした。自分の中で進む方向を決めたかったのです。しかしホワイト・シーンは策をろうしすぎました。それでスタディーを。わたしの思いが正確に伝わらなかったのです」

「俺を・・。なぜ俺を?」

「最初はシステム主義からの、ナミを囲い込め、からです。それからナミについて調査しました。それさえも、ホワイト・シーンやガイヤからのねたみの原因になったようですが」

「システム主義からの。・・・それは俺がZ指定者だからですか?」

「知っていましたか。そのとおりです」

「教えてください。Z指定ってなんですか? 悪魔の、とか、厄介者、とか聞かされましたが」

 声が大きくなった。無知は罪悪? ここにきて再びゴーストの言葉がオレの中にわりこんでくる。ノドもとまで、ゴースト、と出かかった。しかし、「・・・システム主義に関りでもあるんですか?」に、なった。

Z指定の言葉は知っていても内容を知らないということはサブリーダーから聞いたんですね。おそらく、捨てゼリフのような形で。・・・Z指定というのは、要注意人物、とでもいいますか、誕生時に身体能力や知能指数などをDNAから総合的に割り出して指定される、と聞いています。本人には知らされませんが、一定以上の能力を持つ者はシステムの時代の中では和を乱す可能性がある、ということですね。システム主義もヒューマン主義も取り込んでおきたい存在です」

 誕生から。・・・スタディーは五十年も・・・。そして、取り込みたい、ということは、取り込めないなら処分?

――もしかしたら、暗殺者はホワイト・シーンが俺をうらんで、ではなくて・・・。

 現実問題としては、そのほうが理解しやすい。システム主義なるものが、それだけの勢力をもっているとしたら、だが。

「誰が指定するんですか? ISOSですか? 俺にそれほどの能力があるとは思えないのですが」

「一般には知られていませんが、ISOSにはすべての人が生まれた時に能力測定をおこなう部門があるのです。データの基準は私にはわかりませんが、規定値に達しない者は他の星に送還されるようです。高い方のZ指定された者は、生涯をシステム主義のメンバーによって管理されます。子供のころから監視者をつけて。・・・それは三百年からずっと続いているシステムです。本来2千年の歴史を持つ組織です。彼らの母体となる組織には本来、何よりも才能を優先する血が流れているようです

「才能を、優先ですか。それも三百年前から、と? それがISOSの影の部門? それがシステム主義?」

 現実的には優れたDNAを次の世代に残す、と考えればわかりやすい。しかし、それもオレの勘は違うといっている。おそらく組織の成り立ち。

ISOSの影の部門という表現は、少し違います。システム主義はそれほど単純な組織ではないようです。今の私では知識が少ないのです」

 サラはもどかしそうに言った。「いまはスタディーの話をしましょう。監視者であることは本人には知らされません。睡眠学習の時にコントロールされます。誕生と同時に」

「そういえばスタディーとは生まれた時から、ずっと一緒です。・・・そして死んだ。俺のために一生を・・・と。 許されることじゃない」

「・・・あなたは、監視されていたことを怒るのではなくスタディーの心配をするのですか?」

「彼は一番大切な仲間です! その気持ちは今でも変わりません」 

 荒っぽく言った。無知は罪悪。ゴーストの声がノイズとなってオレをいらだたせる。

  25 〜サラの想い〜

もちろん、それを知らないサラはおどろいた様子で、「そうですか。きっとナミは古い時代の男なのでしょうね。彼らが計りきれなかったわけです。・・・私も、十五年前にあなたを選んでいれば結果は違っていたかもしれません」と、言いながら下を向いた。そして、「今日は疲れました。帰ってもらえませんか」と、続けた。

 オレは、まだ聞きたいことはたくさんある、と思いながら、「わかりました。今日はありがとうございました」、小さく言って立ち上がった。一歩を踏み出しながら、「最期にふたつだけ教えて下さい。Z指定されているのは何人くらいいるのですか?」と、聞いた。「この地球に」

「百三十人くらいと聞いています。正確には知りません」

背中でサラの足音を感じる。「・・・それと、スタディーのダイアリーは何も手を加えずに葬儀します。二日ほどでISOSのほうに送られます。なるべく早く会いに行ってやってください」

 オレは、「ハイ。明後日に行きます」と、答えた。そして、「もうひとつ。ゴーストのことなんですが・・・」と、続けた。

「ゴースト? ・・・誰のことでしょうか?」

 サラは知らない様子だった。オレにも、もしかしたら、という予感はあった。案内してくれた・・・と、言いかけたがやめた。オレは振り向きもせずに、「そうですか」とだけ、言った。

サラからは、「ナミに会えるのはこれが最初で最期かもしれませんね」と、聞こえてきた。オレは聞こえないふりをして、「また遊びに来ます。次はホールで足止めにならないようにしておいてください」と、笑った。

――それにしても、サラはこれほどしゃべる女だったのか?

 初対面の者に対して・・・。内部事情までも。

結局、今回もあの暗殺者の少女、のことは口に出せなかった。“サイドがホワイト・シ−ンを誘って”しかし、立場からして、ホワイト・シーンの独断はありえない。間違いなくゼロの会はからんでいる。しかしゴーストの、ためしに使ってみた女、が少女たちの存在を薄いものにしている。そしてサラの話を聞いた今となってはサラがが関っているかどうか、など、たいした問題ではない、と思えてくる。

――おおもとはシステム主義、と。それならサイドがシステム主義、と?

 俺の勘は、それもノー、と言っている。

収穫は、そのシステム主義とヒューマン主義の存在だけ。それが、ゴースト。そして、おそらくサラにも姿を見せたことのない男がオレの前に姿を現した事実。

 システム主義としては、優秀なDNAを持つZ指定者は、取りこめなければ処分。その中で、

――事件の輪郭がわかった中でのオレの居場所は? 

 やはり帰りの案内はゴーストではなかった。入口付近で待ち伏せていた若者たちに「迷惑をかけてすまなかった」、と頭を下げた。

パンクしそうな頭をかかえて建物を出る。外に出てはじめての街路樹のかどを曲がるとグランドがいた。そのまま並んで歩く。「どうやら無事のようだな」

低い声が響いた。オレは、「アア」、頭を指で叩きながら短く答えた。

「それで?」

「スタディーは死んでいた。今朝らしい。そのほかのことは、夜にでも知らせる。今は話したくない」

「そうか」

 こんな時、大人の男はありがたい。そのまましばらく無言で歩くと目の前に車が止まった。すぐにドアが開く。オレは、開かれたドアのふちに手をかけたまま、「最近、フォレストヒルズ以外では襲撃事件が続けて起きている、と聞いた。おそらく何人かは殺されているだろう。何件の事件が起きたか、何人の犠牲者が出たか知らないか?」と、聞いた。グラは、詮索しようともせずに、

「五十六件起きてる。死者は四十七人」

 すぐに答えが返ってきた。それがポリスだからなのか、あるいは、この男がシステム主義の者だからなのかは、今のオレにはわからない。

「そうか。ありがとう」と言うと、グラは、「オイ、らしくネェな」と、笑った。

 百三十人くらい、の中で五十六人が襲われた。残りは七十四人くらい。今の時代、バトルエリア以外での襲撃事件など聞いたことがない。おそらく全員がZ指定の者と思って間違いないだろう、と、すれば、システム主義側が七十四人。その中の何人かは、今までのオレのように事情を知らない者がいるだろう。五十六人がヒューマン主義。両方の取り込み数は拮抗している。

 問題は、なぜこの時期に急に動きだしたのか、ということだが、G・R・Pの終末宣言に向けての勢力争い、と、推理できなくはない。それにしても・・。

――それだけか? 

 無知は罪悪。このノイズが、サラの言葉以上の重し、になっている。

 

「・・・ダイアリィーをつけてみるか」 

  ルームに帰っての第一声。それでもアイボーは落ち着いた様子で、「ハイ」と答えてきた。

 もちろんパスポートは常時オンにしてあったから状況は知っている。しかし、それだけではなく、最近では多少のことで動じなくなった? 

アイボーは、「またしても、この人は地球には存在しない人ですよ。いったいどうなってるんですかね。この地球は」。ゴーストのモニターを見ながら言った。 まったく、である。もっとも予感はあったから、さほど驚きはしない。

――正確には、いちいち驚いていたら体がもたない。

「ドクター0”やアン。おそらくグランドもふくめたあたりがヒューマン主義だとするとシステム主義サイドとしては、ナミはヒューマン主義、と取るでしょうね。それで暗殺者を送ってきた・・・。ゼロの会がナミをうらんで、なんて単純な理由じゃなくて」

 例によってランダムな質問攻めになった。アイボーのほうも、正確な記録を、なのだからしかたがない。「ゼロの会は指令を実行する担当、と。そんな構造なんですかね?」

「俺も最初は、そう思った。しかし、それだけなら、なぜ今ゴーストが俺の前に姿をあらわす? 無知は罪悪、なんてメッセージを送ってくる?」

「まだ何かあると?」

 アイボーの声が沈んだ。「もう、十分におどろかされていますけど・・・」。まったく同感だ。めずらしくオレとアイボーの意見が一致した?

「俺の考えすぎならいいけどな・・・」

「ゴーストですが、今分析結果がでました。この男は人工皮膚で変装している可能性が高いようです。この皮膚は生きている皮膚ではないようなので調べてみました。おそらく声も」

「映像から、そんなことがわかるのか。たいしたものだな。しかし、変装してる、ってことは中身は地球で登録されている人、の可能性もあるんだな。当然、ゴーストってのは登録名じゃないだろうが」  

「です、ね」、あっさりと言った。そして、「システム主義もヒューマン主義もデータには全然ありません。それだけにどれだけの力を持っている組織なのかわかりません」と、続けた。そして、

「でも本当にシナリオはあったんですね。睡眠学習のときに指令を送る、なんて聞くとリアリティーがわいてきます。まずナミに立場をわからせる。わからせて上で、判断しろ、と。システム主義につくかヒューマン主義につくか。ヒューマン主義でなければ処分、もしかしたら成功の確率が低い暗殺者を送ってきたんですかね」

「アア。おそらくオレの力をはかるため、だろうな。どっちにしても、ゴーストの計画を実行に移すのは、今のところゼロの会とエージェントが中心になってる。影からあやつることを楽しんでるようなヤツだよ。コマを操ることを楽しんでいるような」

「歯車は音もたてずに動いている? 本人さえ知らないあいだに?」

「それも、おそらくG・R・Pスタート前から。三百年以上前からだよ」

 アイボーは、ため息をついた? 「そんな人から見れば誰でも、無知、ですよ・・・」

 もちろんホームコンピュータに、ため息をつく、などという機能もついてはいない。それでも、

「ゴーストが言った、ナミはだれでも信用してしまうタイプ、はあってますね。気をつけてもらわないと。特に女には甘いから」。説教に切り替えてきた。そろって必要以上に考えすぎない、ための処置。

「バカヤロウ。すぐ信用するのはお前も同じだろ。アポのない者でも平気でルームに入れるのはだれだよ」

 少々あきれながらも、とりあえず怒鳴っておいた。言われなくてもわかっている。自分でも、なぜサラを信用して会いにいけたのかわからない。悪い評判ばかりが入ってくるフリーにしても、どこか違う、思いがある。

もちろん、あれっきり連絡さえよこさないアイだが、かならず会える、の思いは変わらない。

アイボーは、「Z指定者とは、要注意人物、ですか、・・・ナミが?」と、意味深な言い回しをした。信じられない、と取るか、すごい、と取ったかはわからない。確かめる気もない。「フン!」と答えると、「基準値があるんでしょうね」と、きた。オレのデータの変更?

「ドクター0"くらいの奴のことだろ。俺のは何かの間違いだ。明日、その0"のところへ行くからアポを取っといてくれ。時間は合わせるから酒を飲まずに待ってろ、と」

「きっと、0"の方がナミに合わせると思いますよ」と、したり顔をした。

すでに状況を把握している。最近は、みょうに分析速度が早くなった。もちろんホームコンピュータに、したり顔、などという表現方法は与えられていない。

「フン! それにしてもせわしいな。この数ヶ月で十年分くらいの人に会った気分だよ」

二度目の悪態をついて、「ジムへ行って来る。データをグラに送っといてくれ」と、立ち上がった。0”にも、と言いかけたがやめた。どうせグラから連絡がいく。アイボーからは、

「頑張って」という、初めて聞くような返事が帰ってきた。

――何を頑張れというんだ。・・・まったく、やりにくい。

 今までのオレの生活スタイルを外部から見れば、間違いなくドクター0”寄り。つまりシステム主義から見ればヒューマン主義寄り。だから暗殺者を送ってきた。

 今となると、自分の立場をはっきりとしておかなければならない。

26 〜しらふのドクター0“〜

「やっと酒を飲まずにお前と話ができるな」

 ドクター0”は浅黒い顔で笑った。酒を飲んでいなくても顔色はたいして変わらない。「待たせやがって」、やはりグランドから連絡がはいっている。とりあえずオレはとぼけてみせた。

「何を、待たせた、というんだ?」

「基礎能力を測定する気になったんだろ。知能指数なんかを」

 とぼけながら、ニヤニヤした返事に、「aaaの持ち主に測定してもらったらコンプレックスになるだけだぜ」と、やり返し、「シナリオどおりにヘボ役者が動いたのさ」と、言いながら勝手にエァークッションをセットした。そして、「長話になるかな。コーヒーくらい出せよ」と催促した。

は、「シナリオ?」と、少し怪訝な顔をしたが、それには触れずに、「勝手にオーダーしろ」と、三メートルほど先のメイドを指差した。そして、「そいつは音声じゃ受け付けないぜ」と、言いながら前に座りこんだ。オレの真正面。

メイドは音もなく奥の部屋へ消えていった。

オレは、とりあえず、「俺やスタディーのことはいつから知ってた?」、からはいった。

 基本的には0"をきらいではいない。しかし、これだけは聞いておかなければならない。

――システム主義もヒュウマン主義もオレには関係ない。

少なくともサラは、スタディーにはすまないことをした、と言った。もちろんゴーストにとっては、ただのナミの監視役、にすぎないかもしれないが。

「お前たちが俺の前に表れた時から気がついてた」

「二十年以上俺たちをだましていた訳だ」

「アア、おかげで酒の量が多くなったよ。お前だって、もう気がついているはずだ。それがヤツの運命だって」

 その悲壮感を持った目がオレを少し安心させた。「でもな、スタディーにはいい五十年だったと思うぜ。今頃、お前のおかげだ、と思ってるよ」、システム主義の連中をうらめ,と口にしないのがいい。

「いかにも、お前たち、らしい考え方だな。カリスマ値aaaの人っては他人の悩みを方程式でも解くように割り切るのか?。もっとも現代人は皆そうだが。・・・でも、その件はもういい」

この時、やっと届いたコーヒーを飲みながら言った。0"からはゴーストに関する話題は出てこない。オレは意地でも出さない。0“は、「割り切ったほうがいい。世の中どうしようもないことはいっぱいある」と、言いながら、「酒を・・・」と、言いかけたが、「・・・やめとくか」と首を振った。この男などはオレなどでは考えられないほどの修羅場の中で生きてきたのだろう。

0“は、しばらく間をおいた後ニヤニヤしながら、「今更、だが、一応グラからの報告を伝えとく。あの暗殺者の女たちは殺しの訓練を受けて送り込まれた立派な殺し屋なんだってよ。密航でな。グラもお前の運動能力が想像以上で驚いたよ。最初から顔を出さなかったのはやつなりの試験、だったようだな。それと、普通の者は自分の能力を出したがるのもなんだよ。だけどお前は変わらなかった。あいかわらずナミのままだ、と。どこか嬉しそうだったぜ」、らしくもなくいっきに続けた。これほどのしゃべる0”は初めて見る。